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2009年10月26日 (月)

カナダ旅行顛末記 パート7

カナダの歩行者用の横断信号って、歩けは同じ記号なんですが、待ては手のひらがこっちを向いているみたいな記号なんです。

これって、絵文字の方でなじみがあるので、ちょっととぼけた風情に見えちゃうんですよね。

メールで使われるのって大体、自分が書いたことへのツッコミだったり、ボケてますよぉみたいなニュアンスだったりするじゃないですか。

街の散策のたびに出くわしては、軽く笑ってしまう自分がいました。

そして、ようやく最後となりましたカナダ旅行日記。

観光最終日はカナディアンロッキーです。

前日、バスの移動中で見た光景からも、その壮大さや荘厳さはヒシヒシと感じていて、すぐに「遥か昔に思っていたカナダのイメージってこれだったよなぁ」と思ったものです。あとは丸太小屋に山男がいたらまさにっていう。

とにかく、山へ山へと登って行くから、バスの移動時間が長いんですが、すべて手付かずのままなんですよね。

日本ならなんらかの開発をしようするんでしょうが、これが国土が広い国ならではの贅沢だし、もうひとつは環境への意識の高さで、山火事も木の世代交代に必要な自然現象だからそのまま放置しておくし、観光客用のトイレも下水設備を作らずに溜めてその都度下界に運ぶんです。

また、道路も動物の通り道が用意してあって、これまで何度か動物と車の接触事故があったら、そこが動物の通り道だと分析し、動物用にトンネルを掘るなり、ブリッジを作るなりして、ちゃんと共存を図っているんです。

そういえば、バス移動中に道路でカナダ代表選手がノルディックスキーの練習をしていて、それが分かってからみなさんそればっかり見ていて、景色は二の次になっていました。

あ、もうひとつこの日は特別なことがあって、それはカメラが同行していたんです。

ホテルからバスに乗り込むときにカメラを肩に抱えていたカナダ人のおっさんがいて、「なんの撮影だ?」と思っていたら、この日ずっと帯同してツアー客の様子をカメラに収め、それを翌日にDVDにして渡すから、買いたいという希望者は申し出てくれっていうことだったんです。

「へぇ、いろんな商売があるんだねぇ」と思っていたら、各地ではち合っていた他の日本人ツアーにもカメラマンが着いてきていて、これがカナダ旅行の定番サービスになっているんだと推察できました。

その日はいろんな湖を見て回ったんですが、どうやら湖に関しては秋が最もいい状態のようで、夏とかにいくと雪解け水の関係で白く濁っていてガッカリするとのことでした。

いくつか見た中で、個人的にはボウレイクはここに別荘が欲しいって思うくらい、素敵なロケーションで、「めっちゃええわぁ」を連呼していました。

ペイトレイクはただただキレイ。一枚絵として完璧とすら言えました。

とにかく、色が美しく、極彩色のエメラルドグリーンだったんですが、それが体に悪そうな色合いではない輝きを放っていました。

見た瞬間にみんなが「わぁ~」って声を上げていました。

これには、現地ガイドさんもここまでいい色が出ているのは珍しいと言ったほど。

そして、最後の最後に行ったのは氷河観光で、こちらも恵まれた環境だったようで、ここまで氷河が青みがかっていて、足を踏み入れるポイントでも、普段は寒すぎたり、風が強くて長時間いられないほどだったものが、寒いと言う下馬評がウソのような暖かさ。

ただ、それも素直に喜んでいられないなぁっていうのは、氷河もかなり溶けてきていて、もしかしたらいつかこの観光もできないかもしれないとのこと。

なにかと考えさせられた最終日でした。

と、最後に食べたのは中華料理だったのですが、これもイマイチだったことを付け加えて起きます。

さてさて。

長々と書いてきましたが、海外旅行も4度目にして大分と抵抗感もなくなり、自分なりの楽しみ方もできるようになりました。

カナダはギリシャの次くらいに楽しかったかなぁ。

そして、海外旅行の魅力っていうのは、非日常を体験すること自体もそうなんですが、日常を離れること自体にも意味があるなぁって部分で、仕事なりで課せられた義務とともに勝手に自分で自分に「やらなくちゃいけないこと」を与えていて、それがルーティンワークみたいになっているんですよね。

それを一度リセットしてみることでの開放感や気楽さを体感できる価値がある。

ボーっとすること、時間を無駄にすることの豊かさというのか。

今回は無理を言って休んだこともあり、次はなかなか行けないのでしょうが、パスポートの有効期限が切れる前にもう一度くらいは行っておきたいなぁと思った次第です。

希望はスコットランド&ウェールズなんですけど、果たして。

2009年10月25日 (日)

カナダ旅行顛末記 パート6

結局、この期間に録画したものはトータルで30時間以上にのぼり、それを従来の日常でのチェックもこなしながら消化するため、旅行から帰ってきてからすべて見終わるまでに10日近くかかったんです。

だから、その間はニュース番組とかもあんま見ることなく、旅行期間もあわせて半月以上の情報を知らないことにもなるんですよねぇ。

プチ浦島っす。

なので、こうやってカナダネタをずっと引っ張ってごまかしている面もあるんですが。

ふぅ。

もう第6弾です。

カナダ旅行も後半となり、ツアー参加5日目はローレンシャン高原から離れてモントリオールを軽く観光、そこから最後の目玉となるカナディアンロッキーのためにほぼ移動に費やすこととなりました。

そう。

カナダはロシアに次いで世界第2位の面積の広さで、国の中で時差があるくらいなんです。

そのため、都市から都市の移動も飛行機を使うこととなり、カナダ間で乗り継ぎすらしたんです。

その間にロストバゲージをする羽目にもなったんですが。

そんな、おまけ程度でしかなかったモントリオール観光も、個人的にはノートルダム大聖堂がよくて来てよかったなぁと思いました。

これまでそれなりにいろんな教会を見てきましたが、このモントリオールのノートルダムが最も美しかったです。

色使い、奥行きが日本人好みだっていうのか。

一応、カメラにも撮ったんですが、現像してもそのよさが伝わらず残念だなぁと。

その日の夜はアルバータビーフのステーキで、これが最もおいしかったのかな。

そういえば、泊まったホテルは2日目に続いて豪華なところだったんですが、この晩飯の時にちょっと「なめられてるなぁ」と思ったのが、ビールを頼む時に安いカナダ産と高い日本産があって、我々は日本産を頼んだんですが、持ってきたのはカナダ産。

きっとそれでもなにも言われないと思っているし、実際これまでそうだったんでしょうな。

最初は黙っていたうちの父親も、酒が入っていることもあって2本目のときは抗議して日本産を持ってこさせていました。

それもあってか、ステーキを食べてたら女性店員が寄ってきて、うちの父に「焼き加減はどうですか?」と英語でご機嫌うかがいしてきてました。

あと、なぜか日本産ビールもキリンとサッポロがあって、サッポロのほうがやたら高い値段が設定されてたんですよねぇ。

ちなみに、エレベーターのボタンの感度が悪く、自販機もお金を入れてからちょっと待たないと出てこないなど、先進国と言えどそこはまだまだなのかいなぁと。

ついでにそこまででふと思ったことも追記すると、観光産業ってどうあるべきなんだろうなんてことも考えたんです。

ある種、現地の人たちにとっては惰性というのか、それこそが日常なんだけど、それって他の仕事よりも客との意識の差ってでかいんじゃないかって。

また、他の地域、国の人に魅力をアピールする役割と、金儲けって言うほど相性がよくないんじゃないかとも。

きっとなんらかの取り決めもあるのでしょうが、行く先々で現地の住む日本人がガイドとしてやってくることも含めて、もっと整備するべきルールなり価値観ってあるんじゃないかなぁと思ったりしました。

と、今日はここまでかなぁ。

多分、明日で最後になると思うのでよかったらお付き合いください。

2009年10月24日 (土)

カナダ旅行顛末記 パート5

「あるあるネタ」はお笑いの鉄板ネタですが、最近はそれも細分化されていていて、非モテのあるあるとかいうひとつのテーマに特化する傾向があるようです。

そこで、「次はストレスなことあるあるがくるんじゃね?」とか、カナダの地で思ったりしていました。

と。

いつまで続くのかカナダ旅行の思い出ブログ。

今日は観光二日目から書きたいと思います。

この日はケベックの街の散策がメインでした。

まぁ、これは特に語るほどのことはなかったかなぁ。

教会や石造りの建物、石像といったものは日本にはないたたずまいがあり、普通に「ほへぇ~」ってな気分になりましたが、一応ヨーロッパでもそんなのを見てきた経験があるし、なんなら歴史の深さはそっちが上なので、そこまで感動したっていうこともなく。

もちろん、ディカプリオ主演の映画「イフユーキャッチミー」の撮影が行われるほどキレイな光景でしたよ。

そして、午後は紅葉を見るために高原の方まで移動する時間となりました。

で、その間の道路から見える景色は「メープル街道」って呼ばれているようなんですが、これはあくまで日本のツアー客のみに通じる呼称で、正式名称ではなく、おそらくただの移動時間も価値があるかのように思わせるための、日本のツアー会社が考えたんじゃないかというのが、もっぱらの説だそうです。

夕方に着いたホテルはペンションみたいなところで、部屋にキッチンまでついていました。

なので、というのか、ホテル自体にレストランなどはなく、2連泊したんですが食事のたびに外出することに。

そこでチキン料理、サーモン料理と食べましたが、前記どおりにイマイチなもので。

明けて3日目の観光は、紅葉観光に当てられました。

が。

これがなかなかに一筋縄ではいかず。

朝起きて、ゴンドラに乗って山頂から絶景を見ようってことで、施設のオープンを待っていたら、後から来るのは日本人ツアーばかり。

カナダなのに、そのゴンドラ乗り場は日本人の行列ができていました。

なんでも、紅葉に興味があるのは日本人くらいらしく、他の観光客は夏の避暑か、冬のウインタースポーツのために訪れるのが基本なんだとか。

だから、そこらで日本語の看板などがあったんですな。普通なら閑散とする季節を潤すのは日本人くらいなんですから。

そこでゴンドラに乗るのを待っていたんですが、OPEN時間を迎えてもなかなか乗せてもらえず、どうしたんだろうと思っていたら、どうやら山頂の天候が悪いと。

なんとかOPENしてゴンドラに乗って10数分揺られていたら、最初はキレイだった紅葉もやがて雪がチラホラ、そしてドンドンと吹雪いてきたんです。

山頂に着いたら、「ゴンドラを降りたら、そこは雪国でした」てな感じで、みんな山頂にある室内施設に駆け込んでいったり、そのままゴンドラでUターンして帰っていったりと、紅葉どころではないことに。

これが、この旅最大のガッカリだったのかなぁ。

そこから、カナダ名物のメープルシロップを作る小屋も見に行き、日本語をしゃべるカナダ人からジョーク交じりの説明を聞き、その観光ナイズされた小屋の隣にあるレストランで、ケベックの田舎料理を食べました。

ただ、これがあまりイケてなかったカナダグルメでも最高のガッカリで、味が素朴すぎるし、ハムやジャガイモやオムレツやにメープルシロップをかけるんですよね。

残念ながらノーセンキューでした。

最後に湖のクルーズをしてその日は終了。

ここら辺で書いている時間的にもタイムオーバー、あとはまた明日にしたいと思います。

2009年10月23日 (金)

カナダ旅行顛末記 パート4

「そういえば、真島茂樹って最近見ないよねぇ」

なんて、カナダの地でふと思ったりしました。

あのマツケンサンバの振り付けで有名になったオネエ系のおっさん。

当時の脚光の浴び方が異常だっただけで、いまはまた振付師として元通りの生活をしているのでしょうが、世間的には一発屋と認識されるんだろうなぁと思うと、なんとも哀れな気がしないでもなく。

さてさて。

そろそろ本気でカナダ旅行自体について触れてみようかなと思います。

まず、初日は飛行機で到着してそのままホテルに泊まるだけだったんですが、そこがあんまよくないホテルで、その証拠にというのか、ゲーム機が置いてあったんですがその中身がパックマンだったんですよね。

あと、すぐそばにカジノのビルがあって、そこでいきなり非日常を感じました。

そうそう、大橋巨泉のお土産屋さん「OKギフトショップ」も行きましたよ。

「ボクの店です 安心してどうぞ」っていう手書きの色紙が飾ってありました。

本格的な観光となった2日目には、しょっぱなからメインイベントと言えるナイアガラの滝を見にいきました。

いや、さすがにさすがにでした。

なにより凄かったのが「霧の乙女号」っていう遊覧船っていうのかな?で、滝のすぐ下まで船で接近したこと。

遠くから見ている段階でも「あれ、雨?」と勘違いしたくらい水しぶきが凄かったのに、近づいたらその量はハンパなく、また風も強かったし、天気が崩れて雨も降り出したため、防水対策として着ていた雨ガッパで顔だけだした状態になっていたところに大量の水が吹き込んで、船の上なのに溺れるかと思ったほどです。

そして、当然のように音が凄かった。

隣の人と会話ができないほどでしたから。

その、五感すべてに圧倒的な迫力を体感し、テンションがいきなりMAXに。

「うぉー!!!」って思わず絶叫している自分がいました。

これはねぇ、是非一度体験することをオススメします。

その後に北米最大の花時計っていうのも見に行ったんですが、これはちょっと拍子抜け。

なんでも、世界規模で大きさを競えば日本のものが上位を独占するそうで、その感覚があるから日本人観光客はあまり驚かないのだそうです。

その日の昼飯はなぜかいきなりの日本食で、これまた拍子抜けしつつ、夜ついたホテルが「シャトー・フロナンティク」っていうかなり豪華で歴史があるところだったため、また軽くテンションが上がり目。

そこで「豪華なビュッフェ」と紹介されていた夕飯を食べたんですが、最も売りと言われていたサーモンがイマイチで、「あれ」となり。

そこで気づくべきったのでしょうが、結果的にグルメの面ではカナダはイマイチだったんですよね。

まぁ、朝食のビュッフェで出ていたサーモンはおいしかったので、「どっちが実力?」となったりしたんですが。

と、ここで誌面が尽きたって感じで、それ以降のことはまた明日。

2009年10月22日 (木)

カナダ旅行顛末記 パート3

中国人、海外旅行に行くたびに遭遇するね。

さて、今日も海外旅行あるあるから始めてみましたが、ホントにいまはかつての日本人くらい中国人が海外旅行で出回っているようです。

初日のホテルでも、フロントに日本人のスタッフがいたんですが、後から来た中国人観光客がズカズカと入ってきて、その人を見るなりアジア人ってことで「ニーハオ」ってかましてきたんです。

「お前、中国人か」と。

その人は、「ドントスピークチャイニーズ」みたいに言ってあとは英語で対応していましたが、日本人ならそんな切り出し方はしないよなぁと思った次第です。

ギリシャでも、クルーズの船内付きのバンドが客層を見て坂本九の「上を向いて歩こう」を演奏した時に、中国人は「チャイニーズ!」って要求してたんですよね。

そのバンドの人たちは「ソーリー」って言ってましたが。

でも、この勢いだとこれからは「アジアの観光客と言えば中国人」であることを前提にサービスをすることになるかもしれません。

ま、とりえあずこのツアー中にいたバンドも、客層を見て「上を向いて歩こう」を演奏してくれましたが。

っていうか、どの国でも演奏される、俗に言う「スキヤキ」の普及率は凄いっすねぇ。

また、日本語での案内っていうのもチラホラありました。

日本語でバイト募集の張り紙もあったくらい。

カルガリーだったかは、よく環境客が訪れる国の言語で挨拶くらいはできるようにって、観光業に携われる人にお達しが出ているようです。

さて。

今日はカナダで感じたことからまず書いてみたいと思います。

初日のバスの中で添乗員さんが言ってたんですが、「治安がいい」は本当にそうでした。

夜中に出歩いても怖さを感じなかったし、怪しさ爆発に出くわすこともありませんでした。

中国でだったら明らかにバッタモンな店に連れて行かれたり、中欧だったら売春婦らしき女性がホテルの前をうろついていたりしましたから。

ただ、そんな国だからってことなのか、アルコールにやたら厳しかったです。

専門の店じゃないと買えないようになっていて、これまでのようにコンビニ的な店やホテル内では販売してませんでした。

なので、寝酒を口にすることはついぞなく。

あとは、やはりというのか太っている人はハンパなく太ってました。

ユッサユッさと歩いてましたもん。

その代わり、ジョギングしている人はみんなスマートだったんですよね。

ようは、健康への意識がある人は走ってるってことなんですな。

だから、自然に2極化は進むという。

ほかに書くことといえば・・・

マクドナルドは当たり前のようにあったんですが、あの「M」の看板の中央にカナダ国旗である紅葉マークが入っていました。

スターバックスも各空港にあったんですが、それ以上に「ティムホートン」っていうコーヒーショップがいっぱいあって、添乗員の話によるとアイスホッケー選手が立ち上げたチェーン店で、スタバよりも安くて大ヒットしているようです。

実際、どこもスタバより混んでました。

あとは・・・

今回はこれまでほど現地のテレビを見なかったんですが、チラッと見たところではiPodのCMは日本でやっているものとまったく一緒でしたし、スポーツ中継はアメフト中心でした。

それ以外では・・・

そう、空港のセキュリティチェックが厳しかったです。

もうすぐバンクーバーオリンピックが近いからかもしれません。

と、またまた長々と書いてしまいました。

明日こそ、観光の感想を書いてビシッと終わりにしたいと思います。

2009年10月21日 (水)

カナダ旅行顛末記 パート2

海外旅行のツアーって、必ず一組は新婚風カップルがいるよねぇ。

なんて、海外旅行あるあるを言ってみたところで、昨日の続きを書きたいと思います。

あるあるネタを追加すれば、基本ツアー客はおばちゃんで、それに連れてこられた旦那さんもいますよ、っていうのがその構成要因になっているケースが多い気がします。

少ない経験で言えばの話ですが。

少ない経験ついでに言えば、ツアーの添乗員って仕事は最もやりたくない仕事のひとつだなぁって思うんですよね。

客はそんな高齢具合だし、場所は海外だしってことで、ちょっとした老人介護でもあれば、保育園の園長さんな苦労もあって。

しかも、初対面でどんな人か分からない状態から支持を理解してもらわないといけないし、相手の言うことも把握しないといけない。

ようやくその程度が分かってきた頃に「あっさりサヨナラ」で、また次の人たちと一からその積み重ねをしないといけないという。

だから、どんなことを言われても愛想笑いできる必要もあれば、どんなハプニングに直面してもそれで客がパニックにならないようポーカーフェイスを保つ必要もある。

実際、今回あった最大のトラブルがロストバゲージっていう、飛行機の乗り継ぎで航空会社に預けた荷物がなくなるっていうことがあったんです。

自分たちは大丈夫だったんですが、ツアー客の半分以上がその目にあって、しかも昨日書いたように横柄なエアカナダは簡素な着替えグッズを人数分渡すだけで、「あとで届けさせる」っていう連れなさ。

とりあえずホテルに着いてから、今晩必要となるものを客たちに聞いて回り、そこから添乗員さんは航空会社と連絡を取りつつ荷物が届くまでずっと待っていたようです。

明け方にタバコを吸いにロビーに出た父が、ボーっとしてたたずむ添乗員さんを見たとか。

こんなことがなくても、ぐうだらと言われたままに行動してるだけの客よりも遅く寝て、早く起きる毎日なんですよね。

そんなの、なににやりがいを感じればいいんだろうって、自分なんかは思ってしまいます。

だけど、ちょこちょこ当人たちから聞いた話では、やりがいを感じているようだし、そんな仕事柄なかなか結婚とかもできないし、理解してくれる男性もいないんだけど、仕事を優先させている人が多いようなんです。

そして、なぜかというのか女性が多い業界とも。

このツアーでもやはりというのか女性の添乗員さんでした。

両親は「お姉ちゃん」みたいなスタンスで呼んでいたけど、パッと見は若いけど、やたら皺が寄る顔を見て自分は「40代といわれても違和感はないなぁ」と勝手に思ってました。

ルックス的には元日テレの松本志のぶアナっぽく、声や仕草はエドはるみで、全体のイメージはエドはるみなんですよね。

そんな添乗員さんには、今回何かと待たされることが多かったりして、カナダ到着すぐにバスが来ずに「探してきます」で待ち、ロストバゲージの対応で待ち、また違う機会でバスが来ないことで待ち、みたいにこの人にとって運が悪いツアーだったのか、この人が持っている運がそうなのかって考えさせられたもので。

しかも、最後の最後に記念で撮らせてもらった写真を現像したらやたら可愛く映っていて、なんかやり逃げされたなぁなんて気分にもさせられました。

ちょっと面白かったのが、湖のクルーズみたいな日があったんですが、そこで船が日本人ばかりだったため、船長がその添乗員を呼び出して「俺が言うことを通訳しろ」みたいに掛け合ったらしく、すぐ横に座らされて即興で説明をする羽目になっていました。

その船長のガタイのでかさもあって、「外国人に誘拐されて身代金要求を言わされている」みたいな頼りなさがあったりして。

こんな突然の事態にも動じずにいないといけないんですよねぇ。

と、また旅行自体のことを何も書かずにたっぷりと書き綴ってしまいました。

本編は明日に回したいと思います。

さて、明日で書ききれるかどうか。

2009年10月20日 (火)

カナダ旅行顛末記 パート1

ってことで、カナダ旅行から帰ってきてもう2週間も経ったことになります。

無理を言って1週間休ませてもらったこともあってのしわ寄せがあったり、またテレビ依存的にその期間に録画しておいた番組チェックも溜まっていたので、ここまでなにかと忙しい2週間だったんですよね。

だけど、いざ書こうと思っても整理し切れない部分もあって、なにから書けばいいんだろうってことで、ちょっと行ったりきたりしたり理路整然さに欠けるとは思いますが、思い出しながらあれこれ書いてみようかなと思います。

海外旅行はこれで4度目ですが、我ながら王道と言える国はまぁ行ってないんですよね。

今回のカナダも、母親が「赤毛のアン」が好きってことで一度はいってみたいっていう話から、親孝行のつもりもあってついていったという形になります。

なので、別にカナダにはなんの興味もないし、いままで行こうと思ったこともなければ、知識もさしてなにがあるわけでもなく。

カナダと言われて思いつくことは、「キン肉マン」のカナディアンマンと、前田愛ちゃんが高校のときに留学していた国ってことと、奥田民生の「カヌー」って曲の歌詞に出てくることと、あと最近でははんにゃの話題の時に思い出す程度で。

そんな調子なので、出発の3日前くらいまで、いっさい準備をしないままという緊張感のなさでした。

当日は空港まで電車で行ったんですが、普段はその移動時間が苦痛なほどだったのに、そこから飛行機で10何時間過ごすことになっていたので、そんなの屁でもないと思ってしまうのは、人間は比較に実感を覚える生きものなんだなぁと思ったり。

その飛行機移動も、初めての時は手持ち無沙汰で「どうしたものやら」とやたら長く感じたってものだったけど、4回目となればそれようの対策もしているし、ペースも分かっているから気持ちの面でも対応しやすかったし、回数を重ねたことでの慣れで割りとリラックスした中で軽く寝ちゃったりもできたから、かつてほど苦痛ではありませんでした。

もちろん、狭い座席で人がギッシリと詰まっていてという状況はストレスであって、最後に成田から中部国際空港という乗り継ぎがあったときは客が少なく、周りに人がいない空いた席に移動できた際の気楽さを思うと、「ガラガラな飛行機は最高」だとはっきり認識しました。

といっても、カナダ旅行ってことで今回利用した航空会社はエアカナダがメインだったんですが、ここがあまりよろしくないサービス内容でして、ただでさえあまりおいしくない機内食がこれまでで最低レベルの味だったし、映画やラジオやゲームといった暇つぶしも日本語対応がほぼなかったし、大画面が設置されていなくてそこで飛行機の運行状況を逐一見ることもできなかったんですよねぇ。

あとで知ったんですが、エアカナダはカナダで唯一の航空会社で、ほぼ国営みたいなこともあり、まぁなにかと横柄なんだそうなんです。

席の予約のダブルブッキングとかも普通にあって、その場合でも「次の便で席を取るからそれでいいだろ」として取り合わないくらいに。

うちの父親は「2度とエアカナダは利用しない」と断言してたくらいだし。

まぁ、それ以外でもトラブルがあったってこともあるんですが、それはまた後ほど。

そういえば、飛行機備え付けのラジオで思ったことがあって、これは国内線限定でもいいんですけど、声優さんの限定番組ってやってくれたらうれしいだろうなぁって思ったんですよね。

少なくとも、ヲタは率先してその航空会社を利用するだろうと。

能登さんや喜久子姉さんあたりだと、汎用性も効きそうだし。

もうひとつ有り余る時間で思ったことは、飛行機って離陸する前や着陸した後のRUNの時間が微妙に長いんです。これ、何気に苦痛です。

あと、RUNするってことは、飛行機って地上では時速何キロ出るんだろうって発想から、バブルな時期のテレビなら「どの飛行機が早く走るのか」みたいな企画をやってくれたのになぁなんて思ったのですが、もう実現することはないのでしょうね。

さらに、これは飛行中にふと思ったこととしては、飛行機って早く着きすぎても遅くなってもダメなんだろうなぁっていうのは、空港の事情があれば、いつどこを飛んでいるかがはっきりしていないと他の飛行機にとってのリスクになるからと。

なんて、まだカナダに着いていない段階で結構な文章量になっちゃったので、また明日続きを書きたいと思います。

2009年1月10日 (土)

なばなの里に初めていく。多分、これが最後になる

ちょっとエスニックな感じの、スパイシーなものを食べたいなぁと思って、頭に思い浮かぶ中で唯一のバリ料理屋に久しぶりにいってみました。

料理的にはカレーな感じなのもいいなぁと思ったんですが、ナシゴレンにも惹かれるものがあり、そのメニューの横には唐辛子マークもついている「ピリ辛」のものもあったので、それを大盛りで注文することに。

客が少なかったこともあって割りと早く持ってこられたそれは、予想よりも大盛りなボリューム感でまずそれにビックリしたんですが、食べてさらにビックリさせられ。

「どこがピリ辛やねん」と。

ガッツリ辛いじゃんってまず体が反応するわけなんです。

口の中がヒーヒーして、そして鼻がだらだらと出てくるわ出てくるわ、汗もダラダラと垂れてきて、ハンカチを片手に必死こいて食べる羽目に。

出された水をおかわりしたのは言うまでもなく。

いや、これは自分の周辺にいる人間にはクリアできないミッションだわ。

でも、当初のニーズには十分にこたえてくれたし、食べ終わってなんか爽快感すら覚えたので、食べてよかったなぁと思わせてくれました。

この手の辛いものは、定期的に食べときたいものですな。

少なくとも、正月にいったなばなの里で食べたものより、お値段的にも満足感は上だったわけだし。

家族でいったんですよ、光のイルミネーションってやつを見に。

っていうか、弟夫婦にくっついていっただけなんですが。

まずは行くまでが大変で、渋滞によって予定より4~50分はオーバーしての到着となり、そこでイライラ。

そして、駐車場への誘導も遠いところに追い立てられ、かなり歩かないと会場に着かないようなことに。

いざ中に入ってみても、人が多いこと多いこと。

当然のように目に付くカップルは、まぁ幸せそうにいちゃついてたわけですな。

ま、これがいい思い出として残っていけばいいのでしょうが、夢から覚めた時にどうなるのかって勝手に心配してみせたのは、やっかみがゆえなのかと。

そもそも、この光のイルミネーションってやつを見ていて、漠然とキレイだなぁなんて酔えない自分がいて、間近に見ちゃえば単なる光を放つ電球なわけだし、なによりこれを管理するのって大変そうだし、面倒くさいなぁと思ったんですよね。

そして、省エネが叫ばれる中でこういうのは許されるんだなぁっていう皮肉さも感じつつの。

最後にもう時間も遅いから中で食べてこうってなったんですが、入った店も待ちでいっぱいで、30分以上も待たされてから出てきた料理がホント、値段と待ち時間を考えたら「あくどい商売しとんなぁ」ってなもので。

これを素直に楽しめた方が人生は楽なんでしょうが、なんか引っ掛かっちゃう自分はつまらない人間なんでしょうねぇ。

2008年10月 1日 (水)

秋は好き。秋風は嫌い。

夏が嫌いなので、涼しくなってきて本当にうれしいわけなんです。

そして、秋が好きだからこの空気がなんとも心地よくて。

なんだろう、五感が研ぎ澄まされる感じがするんですよね。

さらに、懐かしさとつながる感覚もあって、全身ですべてを楽しめているような、全能感というのかな、そんな自分にちょっと酔えちゃう部分すらあったりして。

自分なりに着込めたら、寒い季節は大丈夫なんです。

寒いのサイコーってくらい。

ただ。

秋風が吹くという形容されることは、こたえます。

身体的に寒いより、精神的にくるものの方が、きついというのか。

つい最近も、心が痛いって思いをしました。

それは、行動範囲にある複合商業施設なんですが。

自分の住む地域で、そこが最初にこの手のショッピングモールを開いた、ようはパイオニアでそれだけのインパクトを与えたくらいの場所だったんですが、久しぶりに行ったらしまっている店の数が物凄くて、さらに客もビックリするくらい少なかったんです。

なんか、それがショックというより怖いくらいの思いでして。

オープン当時の記憶がまだあるんです。

あの時のドキドキ感って新鮮で、新しい領域に入ったなぁとすら思った場所なのに。

時の流れは残酷だと思うし、ニーズをつかみきれなかった施設側の失策も悲しいというのか。

そして、人の流れの敏感さも、その施設にいてはゾッとしちゃったんです。

きっとそう遠くない時期に運営危機になって閉鎖もあるんじゃないかと思うと、やっぱりこの地方での複合施設は夢でしかなかったのかなぁと。

こうやって、地方は疲弊するだけなのかねぇ。

2008年6月30日 (月)

テレビ依存的中欧旅行記

チェコのプラハ、オーストリアのウィーン、ハンガリーのブダペストを巡った1週間。

ちょっと気持ちの整理ができてきたので、振り返ってみたいと思います。

この古都3箇所は、いつか行く気がしてたんです、なんとなく。

旅行なんて興味がなかったし、国として関心があったのはギリシャだけなんですが、もし海外旅行なんて行くことがあるなら、自分の中で勝手に候補にしてたんですよね。

ギリシャも行き、この3都市も行ったので、あと候補になっていたのはオーストラリアとウェールズくらいで、この2カ国にいけたらもう満足で、海外旅行からも卒業できそうなんですが、果たして。

さて、行く前にイメージしていたものと比べて、ザッと言えばちょっと期待はずれだったかなぁって感じです。

プラハはもっとスマートでカッコイイようなものを想像し、ウィーンはもっと偏った空気があるようなものを想像し、ブダペストは重厚さを想像してたんですが、どれも違ったんですよね。

かといって、それ以上の違った魅力があったかといえば、そうとも言えず、輪郭がぼやけていたような。ウィーンが都市として規模があったというのが、楽しさの要素になっていたくらい。

もちろん、それぞれ気になったことはあったりします。

車が石畳を走る感覚の独特さだったり、犬連れの人が多かったり、アイスクリームを食べている人が多かったり、SUZUKIのテレビCMにデルピエロが出てたり、ヤクルトのテレビCMをやっていたり、トイレの水を流すボタンと同時にストップするボタンがあったり、バスでもベルトをする必要があったり、トイレは有料だったり。

でも、そういう些細な枝葉の部分ばかりが浮き上がってきて、メインの観光で見たものがあまり頭に入ってきてないのはなぜなんだろうと、自分でも思うんです。

古い街並みが見所だとは思ってたんですが、本当にそればかりで、ぶっちゃけ改めて思い出してみると、どこがどこだったのかの判別が付いていない自分がいたり。

唯一、飛びぬけた記憶になっているのが、ドナウ川のクルーズくらいかなぁ。

これで、ギリシャのエーゲ海クルーズと合わせて、自分はクルーズ好きかもと思ったものですし。

あと、フォアグラをたらふく食べたのもよい思い出です。

自由行動で入った店なんですが、名物ってことで頼んだら結構な値段を獲られたんだけど、日本ならその値段で一口分くらいの調子なんですよ。

これはよかったと素直に言える出来事かな。

と、ザッと振り返ってみたけど、やっぱりまだいい思い出に変換するには時間が足りないようです。

飛行機の降下で耳が厳しくなるというのも再認識したことだしねぇ。飛行機はのども渇くし。

写真はいっぱい撮ったので、また見返したくなった時になにか沸き起こってきたら書きたいと思います。

しかし、その写真でも自分のセンスのなさを見ちゃって、それはそれでへこんだんだよなぁ。

2008年6月23日 (月)

中欧3都市をめぐる旅より帰還

こういう場合、アイル・ビー・バックなんて行ったほうが様になるのでしょうか。不勉強なもので、上手な挨拶も出来ませんが。

ってことで、チェコ・オーストリア・ハンガリーの古都を巡る海外旅行から戻ってまいりました。

今回は家で落ち着いたら、なにか宇宙から帰ってきたかのような地に足の着かなさを感じてしまい、これは疲労ゆえなのかそれだけ現実感がなく楽しめたということなのか、なんてボンヤリする頭でぼんやりと考えてみたり。

旅行についての感想は、またおいおい書く機会があれば書きます。

本日は、いつもの日常に立ち向かうためにゆっくり休ませてもらいます。それでは。

2008年1月 2日 (水)

緊急事態発生、緊急事態発生

うちのパソコンさんの機嫌が完全に悪くなってしまいました。

立ち上げても急にダウンしちゃうんです。

ってことでかなりの期間、このブログも更新できないかもです。

悪しからず。

しかし、正月に壊れるかね・・・

2007年12月25日 (火)

北陸紀行というお菓子を探しに

家族旅行で北陸の方に行ってました。

永平寺に行って兼六園に行ってカニを食べてなんてベタな感じのコースを。

なんか永平寺は小さい頃に一回行ったことがあるらしいんですが、まったく記憶になく、坊さんたちがやたら黒ぶちメガネの人が多かったことばかりに目が行き。

兼六園は初めてだったのですが、庭園をああやって物珍しく見る習慣というのがピンと来ず、楽しみ方が分かりませんでした。

カニは、なんかフルコースが出るってことだったんですが予約の仕方が悪かったのか、カニも入ったコースみたいな注文になっていて、慌てて対応してもらったものの肩透かし感は否めず。

まぁ、子供の頃ならそんなこんなも無責任に楽しめたろうし、逆につまらなかったらブーブー言ってりゃよかったんですが、大人になるとさすがにそうもいかずに。

そもそも親孝行という意味合いが強く、こういうのに付き合うことが大切なんだろうなってことでの旅行だったので、気苦労ばかりが先行してしまい。

いやぁ、肩が凝りました。時間の経ち方が仕事とそう変わりませんでした。

なにより両親と同じ部屋で寝たんですが、父親のいびき・歯ぎしり・咳・おならというカニでは味わえなかったフルコースが襲来して、寝付くことができなかったんですよねぇ。

起きてからはそれをネタにして笑い話になったのでよかったと言えばよかったのですが。

ま、親も「楽しい時間だった」って言ってたし、よかったのかなぁ。

さらに年を重ねれば普通の気の置けない親子関係になれるのかなぁ。

で、もうひとつ目的もあって、それは小学校の頃まで海水浴に連れて行ってもらったときに必ず止まった旅館にまた泊まるということ。

心から「懐かしい」という気持ちなんて、実際なかなか味わえないんですよね。

で、そこまで懐かしさが沸き起こったわけじゃないけど、なかなか感慨深いものはあり、行ったことで蘇った思い出がいくつかあったりしました。

歳月の移ろいってやつで考えることも感じ方も変わってくる現実を、色々と思い巡ってしまった家族旅行でした。

2007年3月 8日 (木)

戦場のミッドランドスクエア

ローカル枠のニュースが楽しくなってきたのは、年をとってきたせいかもしれません。

全国的な影響力の大きなものより、身近な話題の方に関心が移りつつあるんですよね。

で、いまローカルニュースでもっともかしましいのが名古屋駅地区にできたミッドランドスクエアというビルのこと。

トヨタが本社機能をそこに移し、様々なブランドショップも続々と入店。高級レストランからオシャレな展望台から、とにかく金が掛かった名古屋の新しいスポットなんです。

景気がいいからそういう流れも当然かなと思ってたら、親曰く「昔はそんな高級ブランドの店なんか名古屋は田舎だからとスルーしてたのに」と一言。

なるほどねぇ。

金の集まるところと分かったら手のひらを返すという態度に、皮肉っぽく言いたくなるのも分からないでもない。

と同時に、そんなバカにされる対象だった名古屋がここまできたことへの感慨とかがある人もいるんだろうなぁと。

まぁ、一般人はそんな程度の距離感でしか、このセレブな場所のことをとらえることができないんですが、例えばトヨタなんかはこれをゴールと考えたり、現状維持してりゃいいと思ってたら先はないんでしょうな。

すでに、名古屋でこれだけの高級品ばかりを扱う施設なんかもたないなんて声もあって、自然と将来的に「あのオープンがピークだった」なんて会話だったり、「あれはバブルみたいなもので、それが分からなかった人たちはバカだ」なんて会話が出てくる状況を想像したりします。

大体、トヨタの天下がどこまで続くんだって話もあり、すでにところどころでほころびが見え出している気もするんですよねぇ。

現在とっている拡大路線も、あとあと考えたら首を絞める結果になるんじゃないかとか思ったり。

いま勝ち馬に乗るならトヨタでいいんでしょうが、長期的に考えたら落日のトヨタをイメージした上で行動を取った方がいいのかも。

しかし、こんなセレブなものが繁栄する世の中って正しいのでしょうか。

資本主義的にはこれが安定循環していれば理想だとは思うんですが、どこかでひずみを感じないでもないんですよねぇ。って、単なる負け犬の遠吠えかもしれませんが。

2007年2月20日 (火)

ギリシャ旅×旅ショー

こうやって我が家で落ち着いた時間を過ごしてみて、ようやく「ギリシャに行ってたんだなぁ」という感覚がジワジワとくるものがあります。

だって行くにしろ帰るにしろ、飛行機での長距離移動を経てのものだけに、疲労が先立ってしまうんですよね。

いや、よくスポーツニュースでサッカー選手とかが「飛行機による長旅の疲れを見せずに」なんてくだりが出てきますが、そんなの別に飛行機に乗ってるだけなのにと思っていた考え方が完全に覆りました。

行きはまず寝ることを試みたんですが30分ほどで断念し、あとはひたすらボーっとして2~3時間。それでも時間は過ぎないので、トイレに行ったり通路を歩き回ったり、最後尾のCAが待機してる場所で誰もいないのを見計らってダンスしてみたり。

それでも時間はまだまだあって、サービスの音楽チャンネルで日本の音楽を聴くことに。人選がYUIに浅井健一にGAMにw-indsに谷村新司に山田タマルにと本当に雑多。ただ、これも2時間ちょっとで終わってしまい、もうやることがなかったので飛行機酔い覚悟で持参の雑誌に手を伸ばし。

それを読んだりボーっとしたりでなんとかやり過ごして、ようやくついたんだけど、今回は乗り換えが2回もあって、まずはフランクフルトに着いてからミュンヘンへ。

この便では他の客はほぼドイツ人だけ。やはりみんなデカイ。あと男性はなぜかハゲが多い。

心細く1時間30分ほど飛んだ後、今度はミュンヘンからアテネへ3時間ほど。

こちらの便にはギリシャ人が多勢。さすがというかドイツ人とは顔付が違って、男女ともに目の下のクマが深いんですな。こちらもハゲ多し。それもヴィルヌーブタイプの。

その間に思ったのは、これは登山と同じ理論だなってこと。山頂と観光地と目的地に行くために苦労し、着いてもまた戻ることに苦労しないといけないという。雪の飛行機で返りの飛行機の気疲れをするのでした。

そういえば、ドイツの空港ではガムを踏んだり、写真を撮ったらカメラに入ったおっさんに怒られたりと散々でした。

そんな初日。移動ばかりの24時間に機内食を5食という未体験のせいか、ホテルに向うバスの中ではすっかりグロッキー状態。

また着いたホテルが狭いことにも辟易し、相部屋の弟とともに先行きを憂うことに。

2日目。

もうこれこそギリシャというアクロポリスのパルテノン神殿へ行く。

「うわぁ、観光しているなぁ」という気分にさせられました。

自分がデジカメ担当だったんですが、まだ使い慣れていないせいで帰ってから現像したのを見たら、結構撮り損なってるものが多かったんです。それが残念なくらいさすがのたたずまいでした。

昼飯には名物というミートボールを食べたんですが、パサパサしてていまいち。デザートのプリンはハンパなく甘く、「ヨーロッパのデザートはめちゃくちゃ甘い」の定説を実感することになりました。

それ以上に衝撃だったというべきか、同席した他のツアー客からまたも弟と兄弟を逆に見られました。生まれ年で5つ違うのに。その弟にして若く見られてるって事は、自分はどれだけガキっぽく映っているのか。

また会話を聞いていると、みなさんよく言えば開放的で、悪く言えば押し付けがましい。そこにマイペースを貫ける強さと大切さを感じました。だから旅行先でもシンプルに感動できるんだろうなって。

午後はひたすら移動で、車窓から見えるギリシャの車事情を観察。フォルクスワーゲンやオペルをよく見て、トヨタや日産、ヒュンダイなんかも見ました。

3日目。

マチュピチュほどではないけど高層にある修道院に向う。

この時点で今回は天候に恵まれているのかもと思ったのは、事前に調べた段階では雨と曇りばかりのギリシャも、割りと陽がさすし、この日は最初は雨だったんですが修道院に入っているうちに止んでたんです。

また、景色としても霧が掛かりやすい地域なのによく見えていて。

それを教えてくれた現地のガイドのおばさんですが、これがまたよくしゃべる。ギリシャ人と結婚してこの国に住んでいる日本人女性みたいなんですが、他国との歴史問題からなにからひたすらしゃべってるんです。

しかし、2度目の海外なんですがなんでガイドさんって胡散臭い人が多いのでしょうか。

食事はまた同じツアーの人と同席だったんですが、さらに思ったのがギリシャまで来る人というのはすでに旅行の場数をこなしている人ばかりなんだなということ。旅行中からすでに次の旅行について思いを馳せている人もいて。そりゃ海外に何度も行こうとするだけあって、みなさんパワフルなはずです。

ちなみにホテルの食堂は貸しきり状態になっていて、いまはギリシャもシーズンオフなんだなと思わされました。

部屋で見たテレビでは、日曜日だったんですが朝にクレヨンしんちゃんを見て、夜はサッカー中継でリバウドを見させてもらいました。車のCMとかは日本と同じ作りだったかな。

4日目。

アポロンの神託で有名デルフィへ。

ガイドさんの、「ギリシャ人は歴史を過去のことと思っていない。こうやって遺跡があり続けるから」の言葉が印象的で、確かにもう数千年変わらない景色を見続けてギリシャ人たちは生きてきているんだから、感じ方もまったく違うんだろうなと思わされる。

さらにガイドさん。「素っ裸のオリンピックは12回目からで、11回大会で走っている時に腰みのが取れた選手がそのまま走って優勝したことで、その方が早いとみんな全裸で行うようになった」とも教えてくれました。

観光地ごとにもギリシャ人ガイドが同行するんですが、その人とガイドとの掛け合い漫才みたいなやりとりにおばさん観光客はよく笑ってました。

修道院には猫が多くいました。

いまは使われていない食堂や調理場なんかは臭いとはまた違う独特な匂いを感じて、そこに妙な歴史を感じました。

昼食は田舎のレストランだったんですが、ここが旅行中で一番美味しかったです。

4連チャンとなるほうれん草のパイはカンベンでしたが。

他のツアー客観察で言えば、食欲も凄い人が多い。70歳代の老夫婦もいたんですが、元気なおばあさんが引っ張ってる感じなんですが、おじいさんも何気に見ていると出された料理をぺロッと完食しているんです。

ここでも自分が弟だと間違われ、実年齢を教えると「もっと成長しないと」と言われてしまいました。

5日目。

オリンピック発祥の地オリンピアへ。

ギリシャは野良犬が多いです。またその犬たちがなかなかに人慣れているし、賢いのが多いです。

死んだうちのバカ犬のダメさ加減をふと思い出したり。

この日なにより感じたのは、「オレ、太ってきている」ということ。

そりゃほとんど体を動かさず、量の多いギリシャ料理を食べてバスで移動して、ホテルに戻って寝るだけの生活だもんなぁ。

オリンピック発祥の地で体を動かす大事さを痛感するのでした。

そう、オリンピアはオリンピックをするだけのことを思うと結構広かったです。遠方から来る人のためのホテルとかもあったそうで。

ひとつ統計的に言うと、ギリシャのトイレは紙を流すと詰まるので足元にゴミ箱があって、必ずそこにお尻を拭いたやつを捨てるようになってます。水を流すボタンは洗面所も含め、押すか引くかで一定時間だけ流れる形式になってます。

6日目。

たぶん他のツアー客のメインであるエーゲ海クルーズを。

空気の乾燥を強く感じました。

フェリー内にはフェリー付きの日本人現地ガイドがいたり、生演奏するバンドがいたり、渡った島に決まった土産物屋があったりと、観光地というのは手を組んでいかに手広く観光客に金を落とさせるのかという仕組みが出来上がっているんだなと実感し。

夜にやや船酔いをしかかったので、屋外の一番奥上になる場所で風を浴びることに。

さすがに寒いし暗いのでそこには誰もいなかったので、思いっきり奥田民生を歌ってました。

旅行中は孤独になる時間がなく、それもストレスになるんだなぁと思いながら。

7日目から8日目。

帰宅の徒に。

今度こそ寝ようとお酒をしこたま飲んで目をつむったんですが失敗。逆に酒が回って気持ち悪くなりトイレにこもることに。

最後まで最悪な飛行機タイムでした。というか、飛行機は嫌いです。気圧も、気圧の変化も体に合わないし。座席もエコノミーだから狭いので、閉所恐怖症の自分には辛いし。

でも、まぁ修学旅行すら行きたくなった自分にしてはかなり頑張ってみた1週間でした。

歩くとかの体力はあるけど耐性はないことを自覚しつつ、いたらない自分に落ち込みつつ、それでも頑張って強くならなきゃと思い。

また、海外だから劇的に違うわけじゃなく、あくまで延長線上の存在でしかないんだなとも思いました。

生きているのはあくまで人間でしかないんだから、似たことが繰り広げられているわけですから。

旅行みたいに自分がコントロールできない状況は向かないけど、現地に住むとかだと案外やれるのかなとか思えたことが、収穫なのかもしれません。

そんなギリシャの過去と現在に思いを馳せながら。

2006年11月18日 (土)

名古屋エリアの夕方テレビ事情

平日の夕方、時間があればニュース番組をよく見ます。「天てれ」は録画して気になるのだけ流し見ってパターンが多いもんで。

特に年のせいかローカルニュースの方が面白かったりするんですよね。

自分は岐阜なので名古屋のテレビ局の番組を見ることになるんですが、報道色が強い東海テレビ、バラエティ色が強いメ~テレこと名古屋テレビ、その中間のCBCに、本多小百合アナが番組の色になっている中京テレビとそれなりに個性があって興味深いです。

この地区の特徴としては他に、お天気キャスターが男性ってパターンが多いんですよね。ターゲットがファミリー&奥様ってことなのかなと。

キャスターもたぶん他の地域より平均年齢が低めな気がします。

CBC以外はややアイドル系な女性アナウンサーが担当してますし。

数年前はもっと渋めの人選で、お堅い印象の番組作りだったんですが、視聴率のせいか時流を読んだのか路線変更してきてます。

企画としてはグルメリポートが多い感じがします。なんかこの地方の人たちはグルメネタが好きみたいで、ローカル番組もそれ系が多いんですな。

特集は硬派な社会問題ものも扱ってますが、どうしてもタイミング的にかぶりがちだったり似たり寄ったりなものになったりしてて。

今日は「いまのオタク事情」みたいなのをやっていて、きっとネタがなかったんだろうなぁと。

最近はローカル欲求が強くなってきて、いままでまず見ることがなかった岐阜放送を見ることも増えてきました。スタジオのセットはもちろんテレビの画質からしてチープなんですが、地域密着っぷりは見事なもんです。

ホント、このままだと「テレビはNHK」となり兼ねないですな。