2009年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

2009年11月21日 (土)

ギフトモ

イオン大垣の近くに美濃の郷っていう飲食店が作られているんです。

久しぶりにそこを通ったら、ほぼ完成していてオープンもそう遠くないのかなぁっていう状態でした。

それはいいのですが、ひとつ気になったのが駐車場側に看板があって、そこに「ここは美濃の郷大垣店が管理する公園です」と書いてあったんです。

車での移動なのでじっくり見てないからかもしれませんが、自分が見た限りでは公園と宣言したそこは、アスファルトで舗装された土地の中央に一本だけ木が埋まっていただけなんですよね。

これはなに狙いなのかと。

いいイメージを発信したいっていうのは伝わるんだけど、あらゆることが物足りないことになっていて。

それとも、パッと見で見損なっているだけか、これから公園らしく整ってくるのか。

この不景気の中、さらに頼りであろうイオン大垣でも空き店舗が目立つ中で、こうやって積極的な出店をするのはナイスファイトだと思うので、がんばってもらいたいですけど。

いや、それこそ大垣日大高校が秋の神宮大会で優勝したように。

ホント、まさかまさかですよ。

おととしだったか、突然春夏の甲子園を騒がせて、東邦から請われてやってきた阪口慶三監督に一躍脚光が浴びたものだけど、翌年成績がサッパリとなって「一瞬の線香花火だったなぁ」なんて思ってたんですよね。

大器といわれた阿知羅拓馬投手も伸び悩んでいたようだし。

それが、何度も言うようだけどまさかまさか。

なにより、決勝が来年の大豊作と言われるドラフトの中でも、すでに1位候補の呼び声高い一二三慎太投手がいる東海大相模。

まぁ、体調を考えてのことなのか、当然と言えば当然の「大垣日大程度には出す必要がない」という判断だったのか、一二三投手は途中登板だったようですが。

それでも、スタメンの半数が1年生という先を考えての布陣というのが凄いことで、これが順調に育てば岐阜では一時代を築けるんじゃないかって。

そこで日大が全国の場数を踏んでいくことで、岐阜全体のレベルも上がるという好循環になったら最高なんですけど。

それは期待しすぎかなぁ。

でも、元気がない岐阜だけに、それくらいの希望は欲しいもので。

それでいえば、FC岐阜も驚きのベスト8進出で、しかも今度の相手は名古屋グランパス。

これは、経営不振が深刻な岐阜にとって、最大で最後の大どんでん返しのチャンスかもしれないって。

だって、岐阜が名古屋に勝つってことがこの地域で最もインパクトがあるトピックになって、スポンサー探しでのアピールともなり。

もちろん、近々のうまみでいえば賞金があるわけだし。

補強の話題もいっさい出てこない現状、現行メンバーで来年もがんばっていくしかないのですが、逆に言えば今年の経験はそのままチーム丸ごとのプラスにもできるんです。

こちらも大垣日大クラスのサプライズを見せて欲しいものです。

2009年10月26日 (月)

カナダ旅行顛末記 パート7

カナダの歩行者用の横断信号って、歩けは同じ記号なんですが、待ては手のひらがこっちを向いているみたいな記号なんです。

これって、絵文字の方でなじみがあるので、ちょっととぼけた風情に見えちゃうんですよね。

メールで使われるのって大体、自分が書いたことへのツッコミだったり、ボケてますよぉみたいなニュアンスだったりするじゃないですか。

街の散策のたびに出くわしては、軽く笑ってしまう自分がいました。

そして、ようやく最後となりましたカナダ旅行日記。

観光最終日はカナディアンロッキーです。

前日、バスの移動中で見た光景からも、その壮大さや荘厳さはヒシヒシと感じていて、すぐに「遥か昔に思っていたカナダのイメージってこれだったよなぁ」と思ったものです。あとは丸太小屋に山男がいたらまさにっていう。

とにかく、山へ山へと登って行くから、バスの移動時間が長いんですが、すべて手付かずのままなんですよね。

日本ならなんらかの開発をしようするんでしょうが、これが国土が広い国ならではの贅沢だし、もうひとつは環境への意識の高さで、山火事も木の世代交代に必要な自然現象だからそのまま放置しておくし、観光客用のトイレも下水設備を作らずに溜めてその都度下界に運ぶんです。

また、道路も動物の通り道が用意してあって、これまで何度か動物と車の接触事故があったら、そこが動物の通り道だと分析し、動物用にトンネルを掘るなり、ブリッジを作るなりして、ちゃんと共存を図っているんです。

そういえば、バス移動中に道路でカナダ代表選手がノルディックスキーの練習をしていて、それが分かってからみなさんそればっかり見ていて、景色は二の次になっていました。

あ、もうひとつこの日は特別なことがあって、それはカメラが同行していたんです。

ホテルからバスに乗り込むときにカメラを肩に抱えていたカナダ人のおっさんがいて、「なんの撮影だ?」と思っていたら、この日ずっと帯同してツアー客の様子をカメラに収め、それを翌日にDVDにして渡すから、買いたいという希望者は申し出てくれっていうことだったんです。

「へぇ、いろんな商売があるんだねぇ」と思っていたら、各地ではち合っていた他の日本人ツアーにもカメラマンが着いてきていて、これがカナダ旅行の定番サービスになっているんだと推察できました。

その日はいろんな湖を見て回ったんですが、どうやら湖に関しては秋が最もいい状態のようで、夏とかにいくと雪解け水の関係で白く濁っていてガッカリするとのことでした。

いくつか見た中で、個人的にはボウレイクはここに別荘が欲しいって思うくらい、素敵なロケーションで、「めっちゃええわぁ」を連呼していました。

ペイトレイクはただただキレイ。一枚絵として完璧とすら言えました。

とにかく、色が美しく、極彩色のエメラルドグリーンだったんですが、それが体に悪そうな色合いではない輝きを放っていました。

見た瞬間にみんなが「わぁ~」って声を上げていました。

これには、現地ガイドさんもここまでいい色が出ているのは珍しいと言ったほど。

そして、最後の最後に行ったのは氷河観光で、こちらも恵まれた環境だったようで、ここまで氷河が青みがかっていて、足を踏み入れるポイントでも、普段は寒すぎたり、風が強くて長時間いられないほどだったものが、寒いと言う下馬評がウソのような暖かさ。

ただ、それも素直に喜んでいられないなぁっていうのは、氷河もかなり溶けてきていて、もしかしたらいつかこの観光もできないかもしれないとのこと。

なにかと考えさせられた最終日でした。

と、最後に食べたのは中華料理だったのですが、これもイマイチだったことを付け加えて起きます。

さてさて。

長々と書いてきましたが、海外旅行も4度目にして大分と抵抗感もなくなり、自分なりの楽しみ方もできるようになりました。

カナダはギリシャの次くらいに楽しかったかなぁ。

そして、海外旅行の魅力っていうのは、非日常を体験すること自体もそうなんですが、日常を離れること自体にも意味があるなぁって部分で、仕事なりで課せられた義務とともに勝手に自分で自分に「やらなくちゃいけないこと」を与えていて、それがルーティンワークみたいになっているんですよね。

それを一度リセットしてみることでの開放感や気楽さを体感できる価値がある。

ボーっとすること、時間を無駄にすることの豊かさというのか。

今回は無理を言って休んだこともあり、次はなかなか行けないのでしょうが、パスポートの有効期限が切れる前にもう一度くらいは行っておきたいなぁと思った次第です。

希望はスコットランド&ウェールズなんですけど、果たして。

2009年10月25日 (日)

カナダ旅行顛末記 パート6

結局、この期間に録画したものはトータルで30時間以上にのぼり、それを従来の日常でのチェックもこなしながら消化するため、旅行から帰ってきてからすべて見終わるまでに10日近くかかったんです。

だから、その間はニュース番組とかもあんま見ることなく、旅行期間もあわせて半月以上の情報を知らないことにもなるんですよねぇ。

プチ浦島っす。

なので、こうやってカナダネタをずっと引っ張ってごまかしている面もあるんですが。

ふぅ。

もう第6弾です。

カナダ旅行も後半となり、ツアー参加5日目はローレンシャン高原から離れてモントリオールを軽く観光、そこから最後の目玉となるカナディアンロッキーのためにほぼ移動に費やすこととなりました。

そう。

カナダはロシアに次いで世界第2位の面積の広さで、国の中で時差があるくらいなんです。

そのため、都市から都市の移動も飛行機を使うこととなり、カナダ間で乗り継ぎすらしたんです。

その間にロストバゲージをする羽目にもなったんですが。

そんな、おまけ程度でしかなかったモントリオール観光も、個人的にはノートルダム大聖堂がよくて来てよかったなぁと思いました。

これまでそれなりにいろんな教会を見てきましたが、このモントリオールのノートルダムが最も美しかったです。

色使い、奥行きが日本人好みだっていうのか。

一応、カメラにも撮ったんですが、現像してもそのよさが伝わらず残念だなぁと。

その日の夜はアルバータビーフのステーキで、これが最もおいしかったのかな。

そういえば、泊まったホテルは2日目に続いて豪華なところだったんですが、この晩飯の時にちょっと「なめられてるなぁ」と思ったのが、ビールを頼む時に安いカナダ産と高い日本産があって、我々は日本産を頼んだんですが、持ってきたのはカナダ産。

きっとそれでもなにも言われないと思っているし、実際これまでそうだったんでしょうな。

最初は黙っていたうちの父親も、酒が入っていることもあって2本目のときは抗議して日本産を持ってこさせていました。

それもあってか、ステーキを食べてたら女性店員が寄ってきて、うちの父に「焼き加減はどうですか?」と英語でご機嫌うかがいしてきてました。

あと、なぜか日本産ビールもキリンとサッポロがあって、サッポロのほうがやたら高い値段が設定されてたんですよねぇ。

ちなみに、エレベーターのボタンの感度が悪く、自販機もお金を入れてからちょっと待たないと出てこないなど、先進国と言えどそこはまだまだなのかいなぁと。

ついでにそこまででふと思ったことも追記すると、観光産業ってどうあるべきなんだろうなんてことも考えたんです。

ある種、現地の人たちにとっては惰性というのか、それこそが日常なんだけど、それって他の仕事よりも客との意識の差ってでかいんじゃないかって。

また、他の地域、国の人に魅力をアピールする役割と、金儲けって言うほど相性がよくないんじゃないかとも。

きっとなんらかの取り決めもあるのでしょうが、行く先々で現地の住む日本人がガイドとしてやってくることも含めて、もっと整備するべきルールなり価値観ってあるんじゃないかなぁと思ったりしました。

と、今日はここまでかなぁ。

多分、明日で最後になると思うのでよかったらお付き合いください。

2009年10月24日 (土)

カナダ旅行顛末記 パート5

「あるあるネタ」はお笑いの鉄板ネタですが、最近はそれも細分化されていていて、非モテのあるあるとかいうひとつのテーマに特化する傾向があるようです。

そこで、「次はストレスなことあるあるがくるんじゃね?」とか、カナダの地で思ったりしていました。

と。

いつまで続くのかカナダ旅行の思い出ブログ。

今日は観光二日目から書きたいと思います。

この日はケベックの街の散策がメインでした。

まぁ、これは特に語るほどのことはなかったかなぁ。

教会や石造りの建物、石像といったものは日本にはないたたずまいがあり、普通に「ほへぇ~」ってな気分になりましたが、一応ヨーロッパでもそんなのを見てきた経験があるし、なんなら歴史の深さはそっちが上なので、そこまで感動したっていうこともなく。

もちろん、ディカプリオ主演の映画「イフユーキャッチミー」の撮影が行われるほどキレイな光景でしたよ。

そして、午後は紅葉を見るために高原の方まで移動する時間となりました。

で、その間の道路から見える景色は「メープル街道」って呼ばれているようなんですが、これはあくまで日本のツアー客のみに通じる呼称で、正式名称ではなく、おそらくただの移動時間も価値があるかのように思わせるための、日本のツアー会社が考えたんじゃないかというのが、もっぱらの説だそうです。

夕方に着いたホテルはペンションみたいなところで、部屋にキッチンまでついていました。

なので、というのか、ホテル自体にレストランなどはなく、2連泊したんですが食事のたびに外出することに。

そこでチキン料理、サーモン料理と食べましたが、前記どおりにイマイチなもので。

明けて3日目の観光は、紅葉観光に当てられました。

が。

これがなかなかに一筋縄ではいかず。

朝起きて、ゴンドラに乗って山頂から絶景を見ようってことで、施設のオープンを待っていたら、後から来るのは日本人ツアーばかり。

カナダなのに、そのゴンドラ乗り場は日本人の行列ができていました。

なんでも、紅葉に興味があるのは日本人くらいらしく、他の観光客は夏の避暑か、冬のウインタースポーツのために訪れるのが基本なんだとか。

だから、そこらで日本語の看板などがあったんですな。普通なら閑散とする季節を潤すのは日本人くらいなんですから。

そこでゴンドラに乗るのを待っていたんですが、OPEN時間を迎えてもなかなか乗せてもらえず、どうしたんだろうと思っていたら、どうやら山頂の天候が悪いと。

なんとかOPENしてゴンドラに乗って10数分揺られていたら、最初はキレイだった紅葉もやがて雪がチラホラ、そしてドンドンと吹雪いてきたんです。

山頂に着いたら、「ゴンドラを降りたら、そこは雪国でした」てな感じで、みんな山頂にある室内施設に駆け込んでいったり、そのままゴンドラでUターンして帰っていったりと、紅葉どころではないことに。

これが、この旅最大のガッカリだったのかなぁ。

そこから、カナダ名物のメープルシロップを作る小屋も見に行き、日本語をしゃべるカナダ人からジョーク交じりの説明を聞き、その観光ナイズされた小屋の隣にあるレストランで、ケベックの田舎料理を食べました。

ただ、これがあまりイケてなかったカナダグルメでも最高のガッカリで、味が素朴すぎるし、ハムやジャガイモやオムレツやにメープルシロップをかけるんですよね。

残念ながらノーセンキューでした。

最後に湖のクルーズをしてその日は終了。

ここら辺で書いている時間的にもタイムオーバー、あとはまた明日にしたいと思います。

2009年10月23日 (金)

カナダ旅行顛末記 パート4

「そういえば、真島茂樹って最近見ないよねぇ」

なんて、カナダの地でふと思ったりしました。

あのマツケンサンバの振り付けで有名になったオネエ系のおっさん。

当時の脚光の浴び方が異常だっただけで、いまはまた振付師として元通りの生活をしているのでしょうが、世間的には一発屋と認識されるんだろうなぁと思うと、なんとも哀れな気がしないでもなく。

さてさて。

そろそろ本気でカナダ旅行自体について触れてみようかなと思います。

まず、初日は飛行機で到着してそのままホテルに泊まるだけだったんですが、そこがあんまよくないホテルで、その証拠にというのか、ゲーム機が置いてあったんですがその中身がパックマンだったんですよね。

あと、すぐそばにカジノのビルがあって、そこでいきなり非日常を感じました。

そうそう、大橋巨泉のお土産屋さん「OKギフトショップ」も行きましたよ。

「ボクの店です 安心してどうぞ」っていう手書きの色紙が飾ってありました。

本格的な観光となった2日目には、しょっぱなからメインイベントと言えるナイアガラの滝を見にいきました。

いや、さすがにさすがにでした。

なにより凄かったのが「霧の乙女号」っていう遊覧船っていうのかな?で、滝のすぐ下まで船で接近したこと。

遠くから見ている段階でも「あれ、雨?」と勘違いしたくらい水しぶきが凄かったのに、近づいたらその量はハンパなく、また風も強かったし、天気が崩れて雨も降り出したため、防水対策として着ていた雨ガッパで顔だけだした状態になっていたところに大量の水が吹き込んで、船の上なのに溺れるかと思ったほどです。

そして、当然のように音が凄かった。

隣の人と会話ができないほどでしたから。

その、五感すべてに圧倒的な迫力を体感し、テンションがいきなりMAXに。

「うぉー!!!」って思わず絶叫している自分がいました。

これはねぇ、是非一度体験することをオススメします。

その後に北米最大の花時計っていうのも見に行ったんですが、これはちょっと拍子抜け。

なんでも、世界規模で大きさを競えば日本のものが上位を独占するそうで、その感覚があるから日本人観光客はあまり驚かないのだそうです。

その日の昼飯はなぜかいきなりの日本食で、これまた拍子抜けしつつ、夜ついたホテルが「シャトー・フロナンティク」っていうかなり豪華で歴史があるところだったため、また軽くテンションが上がり目。

そこで「豪華なビュッフェ」と紹介されていた夕飯を食べたんですが、最も売りと言われていたサーモンがイマイチで、「あれ」となり。

そこで気づくべきったのでしょうが、結果的にグルメの面ではカナダはイマイチだったんですよね。

まぁ、朝食のビュッフェで出ていたサーモンはおいしかったので、「どっちが実力?」となったりしたんですが。

と、ここで誌面が尽きたって感じで、それ以降のことはまた明日。

2009年10月22日 (木)

カナダ旅行顛末記 パート3

中国人、海外旅行に行くたびに遭遇するね。

さて、今日も海外旅行あるあるから始めてみましたが、ホントにいまはかつての日本人くらい中国人が海外旅行で出回っているようです。

初日のホテルでも、フロントに日本人のスタッフがいたんですが、後から来た中国人観光客がズカズカと入ってきて、その人を見るなりアジア人ってことで「ニーハオ」ってかましてきたんです。

「お前、中国人か」と。

その人は、「ドントスピークチャイニーズ」みたいに言ってあとは英語で対応していましたが、日本人ならそんな切り出し方はしないよなぁと思った次第です。

ギリシャでも、クルーズの船内付きのバンドが客層を見て坂本九の「上を向いて歩こう」を演奏した時に、中国人は「チャイニーズ!」って要求してたんですよね。

そのバンドの人たちは「ソーリー」って言ってましたが。

でも、この勢いだとこれからは「アジアの観光客と言えば中国人」であることを前提にサービスをすることになるかもしれません。

ま、とりえあずこのツアー中にいたバンドも、客層を見て「上を向いて歩こう」を演奏してくれましたが。

っていうか、どの国でも演奏される、俗に言う「スキヤキ」の普及率は凄いっすねぇ。

また、日本語での案内っていうのもチラホラありました。

日本語でバイト募集の張り紙もあったくらい。

カルガリーだったかは、よく環境客が訪れる国の言語で挨拶くらいはできるようにって、観光業に携われる人にお達しが出ているようです。

さて。

今日はカナダで感じたことからまず書いてみたいと思います。

初日のバスの中で添乗員さんが言ってたんですが、「治安がいい」は本当にそうでした。

夜中に出歩いても怖さを感じなかったし、怪しさ爆発に出くわすこともありませんでした。

中国でだったら明らかにバッタモンな店に連れて行かれたり、中欧だったら売春婦らしき女性がホテルの前をうろついていたりしましたから。

ただ、そんな国だからってことなのか、アルコールにやたら厳しかったです。

専門の店じゃないと買えないようになっていて、これまでのようにコンビニ的な店やホテル内では販売してませんでした。

なので、寝酒を口にすることはついぞなく。

あとは、やはりというのか太っている人はハンパなく太ってました。

ユッサユッさと歩いてましたもん。

その代わり、ジョギングしている人はみんなスマートだったんですよね。

ようは、健康への意識がある人は走ってるってことなんですな。

だから、自然に2極化は進むという。

ほかに書くことといえば・・・

マクドナルドは当たり前のようにあったんですが、あの「M」の看板の中央にカナダ国旗である紅葉マークが入っていました。

スターバックスも各空港にあったんですが、それ以上に「ティムホートン」っていうコーヒーショップがいっぱいあって、添乗員の話によるとアイスホッケー選手が立ち上げたチェーン店で、スタバよりも安くて大ヒットしているようです。

実際、どこもスタバより混んでました。

あとは・・・

今回はこれまでほど現地のテレビを見なかったんですが、チラッと見たところではiPodのCMは日本でやっているものとまったく一緒でしたし、スポーツ中継はアメフト中心でした。

それ以外では・・・

そう、空港のセキュリティチェックが厳しかったです。

もうすぐバンクーバーオリンピックが近いからかもしれません。

と、またまた長々と書いてしまいました。

明日こそ、観光の感想を書いてビシッと終わりにしたいと思います。

2009年10月21日 (水)

カナダ旅行顛末記 パート2

海外旅行のツアーって、必ず一組は新婚風カップルがいるよねぇ。

なんて、海外旅行あるあるを言ってみたところで、昨日の続きを書きたいと思います。

あるあるネタを追加すれば、基本ツアー客はおばちゃんで、それに連れてこられた旦那さんもいますよ、っていうのがその構成要因になっているケースが多い気がします。

少ない経験で言えばの話ですが。

少ない経験ついでに言えば、ツアーの添乗員って仕事は最もやりたくない仕事のひとつだなぁって思うんですよね。

客はそんな高齢具合だし、場所は海外だしってことで、ちょっとした老人介護でもあれば、保育園の園長さんな苦労もあって。

しかも、初対面でどんな人か分からない状態から支持を理解してもらわないといけないし、相手の言うことも把握しないといけない。

ようやくその程度が分かってきた頃に「あっさりサヨナラ」で、また次の人たちと一からその積み重ねをしないといけないという。

だから、どんなことを言われても愛想笑いできる必要もあれば、どんなハプニングに直面してもそれで客がパニックにならないようポーカーフェイスを保つ必要もある。

実際、今回あった最大のトラブルがロストバゲージっていう、飛行機の乗り継ぎで航空会社に預けた荷物がなくなるっていうことがあったんです。

自分たちは大丈夫だったんですが、ツアー客の半分以上がその目にあって、しかも昨日書いたように横柄なエアカナダは簡素な着替えグッズを人数分渡すだけで、「あとで届けさせる」っていう連れなさ。

とりあえずホテルに着いてから、今晩必要となるものを客たちに聞いて回り、そこから添乗員さんは航空会社と連絡を取りつつ荷物が届くまでずっと待っていたようです。

明け方にタバコを吸いにロビーに出た父が、ボーっとしてたたずむ添乗員さんを見たとか。

こんなことがなくても、ぐうだらと言われたままに行動してるだけの客よりも遅く寝て、早く起きる毎日なんですよね。

そんなの、なににやりがいを感じればいいんだろうって、自分なんかは思ってしまいます。

だけど、ちょこちょこ当人たちから聞いた話では、やりがいを感じているようだし、そんな仕事柄なかなか結婚とかもできないし、理解してくれる男性もいないんだけど、仕事を優先させている人が多いようなんです。

そして、なぜかというのか女性が多い業界とも。

このツアーでもやはりというのか女性の添乗員さんでした。

両親は「お姉ちゃん」みたいなスタンスで呼んでいたけど、パッと見は若いけど、やたら皺が寄る顔を見て自分は「40代といわれても違和感はないなぁ」と勝手に思ってました。

ルックス的には元日テレの松本志のぶアナっぽく、声や仕草はエドはるみで、全体のイメージはエドはるみなんですよね。

そんな添乗員さんには、今回何かと待たされることが多かったりして、カナダ到着すぐにバスが来ずに「探してきます」で待ち、ロストバゲージの対応で待ち、また違う機会でバスが来ないことで待ち、みたいにこの人にとって運が悪いツアーだったのか、この人が持っている運がそうなのかって考えさせられたもので。

しかも、最後の最後に記念で撮らせてもらった写真を現像したらやたら可愛く映っていて、なんかやり逃げされたなぁなんて気分にもさせられました。

ちょっと面白かったのが、湖のクルーズみたいな日があったんですが、そこで船が日本人ばかりだったため、船長がその添乗員を呼び出して「俺が言うことを通訳しろ」みたいに掛け合ったらしく、すぐ横に座らされて即興で説明をする羽目になっていました。

その船長のガタイのでかさもあって、「外国人に誘拐されて身代金要求を言わされている」みたいな頼りなさがあったりして。

こんな突然の事態にも動じずにいないといけないんですよねぇ。

と、また旅行自体のことを何も書かずにたっぷりと書き綴ってしまいました。

本編は明日に回したいと思います。

さて、明日で書ききれるかどうか。

2009年10月20日 (火)

カナダ旅行顛末記 パート1

ってことで、カナダ旅行から帰ってきてもう2週間も経ったことになります。

無理を言って1週間休ませてもらったこともあってのしわ寄せがあったり、またテレビ依存的にその期間に録画しておいた番組チェックも溜まっていたので、ここまでなにかと忙しい2週間だったんですよね。

だけど、いざ書こうと思っても整理し切れない部分もあって、なにから書けばいいんだろうってことで、ちょっと行ったりきたりしたり理路整然さに欠けるとは思いますが、思い出しながらあれこれ書いてみようかなと思います。

海外旅行はこれで4度目ですが、我ながら王道と言える国はまぁ行ってないんですよね。

今回のカナダも、母親が「赤毛のアン」が好きってことで一度はいってみたいっていう話から、親孝行のつもりもあってついていったという形になります。

なので、別にカナダにはなんの興味もないし、いままで行こうと思ったこともなければ、知識もさしてなにがあるわけでもなく。

カナダと言われて思いつくことは、「キン肉マン」のカナディアンマンと、前田愛ちゃんが高校のときに留学していた国ってことと、奥田民生の「カヌー」って曲の歌詞に出てくることと、あと最近でははんにゃの話題の時に思い出す程度で。

そんな調子なので、出発の3日前くらいまで、いっさい準備をしないままという緊張感のなさでした。

当日は空港まで電車で行ったんですが、普段はその移動時間が苦痛なほどだったのに、そこから飛行機で10何時間過ごすことになっていたので、そんなの屁でもないと思ってしまうのは、人間は比較に実感を覚える生きものなんだなぁと思ったり。

その飛行機移動も、初めての時は手持ち無沙汰で「どうしたものやら」とやたら長く感じたってものだったけど、4回目となればそれようの対策もしているし、ペースも分かっているから気持ちの面でも対応しやすかったし、回数を重ねたことでの慣れで割りとリラックスした中で軽く寝ちゃったりもできたから、かつてほど苦痛ではありませんでした。

もちろん、狭い座席で人がギッシリと詰まっていてという状況はストレスであって、最後に成田から中部国際空港という乗り継ぎがあったときは客が少なく、周りに人がいない空いた席に移動できた際の気楽さを思うと、「ガラガラな飛行機は最高」だとはっきり認識しました。

といっても、カナダ旅行ってことで今回利用した航空会社はエアカナダがメインだったんですが、ここがあまりよろしくないサービス内容でして、ただでさえあまりおいしくない機内食がこれまでで最低レベルの味だったし、映画やラジオやゲームといった暇つぶしも日本語対応がほぼなかったし、大画面が設置されていなくてそこで飛行機の運行状況を逐一見ることもできなかったんですよねぇ。

あとで知ったんですが、エアカナダはカナダで唯一の航空会社で、ほぼ国営みたいなこともあり、まぁなにかと横柄なんだそうなんです。

席の予約のダブルブッキングとかも普通にあって、その場合でも「次の便で席を取るからそれでいいだろ」として取り合わないくらいに。

うちの父親は「2度とエアカナダは利用しない」と断言してたくらいだし。

まぁ、それ以外でもトラブルがあったってこともあるんですが、それはまた後ほど。

そういえば、飛行機備え付けのラジオで思ったことがあって、これは国内線限定でもいいんですけど、声優さんの限定番組ってやってくれたらうれしいだろうなぁって思ったんですよね。

少なくとも、ヲタは率先してその航空会社を利用するだろうと。

能登さんや喜久子姉さんあたりだと、汎用性も効きそうだし。

もうひとつ有り余る時間で思ったことは、飛行機って離陸する前や着陸した後のRUNの時間が微妙に長いんです。これ、何気に苦痛です。

あと、RUNするってことは、飛行機って地上では時速何キロ出るんだろうって発想から、バブルな時期のテレビなら「どの飛行機が早く走るのか」みたいな企画をやってくれたのになぁなんて思ったのですが、もう実現することはないのでしょうね。

さらに、これは飛行中にふと思ったこととしては、飛行機って早く着きすぎても遅くなってもダメなんだろうなぁっていうのは、空港の事情があれば、いつどこを飛んでいるかがはっきりしていないと他の飛行機にとってのリスクになるからと。

なんて、まだカナダに着いていない段階で結構な文章量になっちゃったので、また明日続きを書きたいと思います。

2009年1月10日 (土)

なばなの里に初めていく。多分、これが最後になる

ちょっとエスニックな感じの、スパイシーなものを食べたいなぁと思って、頭に思い浮かぶ中で唯一のバリ料理屋に久しぶりにいってみました。

料理的にはカレーな感じなのもいいなぁと思ったんですが、ナシゴレンにも惹かれるものがあり、そのメニューの横には唐辛子マークもついている「ピリ辛」のものもあったので、それを大盛りで注文することに。

客が少なかったこともあって割りと早く持ってこられたそれは、予想よりも大盛りなボリューム感でまずそれにビックリしたんですが、食べてさらにビックリさせられ。

「どこがピリ辛やねん」と。

ガッツリ辛いじゃんってまず体が反応するわけなんです。

口の中がヒーヒーして、そして鼻がだらだらと出てくるわ出てくるわ、汗もダラダラと垂れてきて、ハンカチを片手に必死こいて食べる羽目に。

出された水をおかわりしたのは言うまでもなく。

いや、これは自分の周辺にいる人間にはクリアできないミッションだわ。

でも、当初のニーズには十分にこたえてくれたし、食べ終わってなんか爽快感すら覚えたので、食べてよかったなぁと思わせてくれました。

この手の辛いものは、定期的に食べときたいものですな。

少なくとも、正月にいったなばなの里で食べたものより、お値段的にも満足感は上だったわけだし。

家族でいったんですよ、光のイルミネーションってやつを見に。

っていうか、弟夫婦にくっついていっただけなんですが。

まずは行くまでが大変で、渋滞によって予定より4~50分はオーバーしての到着となり、そこでイライラ。

そして、駐車場への誘導も遠いところに追い立てられ、かなり歩かないと会場に着かないようなことに。

いざ中に入ってみても、人が多いこと多いこと。

当然のように目に付くカップルは、まぁ幸せそうにいちゃついてたわけですな。

ま、これがいい思い出として残っていけばいいのでしょうが、夢から覚めた時にどうなるのかって勝手に心配してみせたのは、やっかみがゆえなのかと。

そもそも、この光のイルミネーションってやつを見ていて、漠然とキレイだなぁなんて酔えない自分がいて、間近に見ちゃえば単なる光を放つ電球なわけだし、なによりこれを管理するのって大変そうだし、面倒くさいなぁと思ったんですよね。

そして、省エネが叫ばれる中でこういうのは許されるんだなぁっていう皮肉さも感じつつの。

最後にもう時間も遅いから中で食べてこうってなったんですが、入った店も待ちでいっぱいで、30分以上も待たされてから出てきた料理がホント、値段と待ち時間を考えたら「あくどい商売しとんなぁ」ってなもので。

これを素直に楽しめた方が人生は楽なんでしょうが、なんか引っ掛かっちゃう自分はつまらない人間なんでしょうねぇ。

2008年10月 1日 (水)

秋は好き。秋風は嫌い。

夏が嫌いなので、涼しくなってきて本当にうれしいわけなんです。

そして、秋が好きだからこの空気がなんとも心地よくて。

なんだろう、五感が研ぎ澄まされる感じがするんですよね。

さらに、懐かしさとつながる感覚もあって、全身ですべてを楽しめているような、全能感というのかな、そんな自分にちょっと酔えちゃう部分すらあったりして。

自分なりに着込めたら、寒い季節は大丈夫なんです。

寒いのサイコーってくらい。

ただ。

秋風が吹くという形容されることは、こたえます。

身体的に寒いより、精神的にくるものの方が、きついというのか。

つい最近も、心が痛いって思いをしました。

それは、行動範囲にある複合商業施設なんですが。

自分の住む地域で、そこが最初にこの手のショッピングモールを開いた、ようはパイオニアでそれだけのインパクトを与えたくらいの場所だったんですが、久しぶりに行ったらしまっている店の数が物凄くて、さらに客もビックリするくらい少なかったんです。

なんか、それがショックというより怖いくらいの思いでして。

オープン当時の記憶がまだあるんです。

あの時のドキドキ感って新鮮で、新しい領域に入ったなぁとすら思った場所なのに。

時の流れは残酷だと思うし、ニーズをつかみきれなかった施設側の失策も悲しいというのか。

そして、人の流れの敏感さも、その施設にいてはゾッとしちゃったんです。

きっとそう遠くない時期に運営危機になって閉鎖もあるんじゃないかと思うと、やっぱりこの地方での複合施設は夢でしかなかったのかなぁと。

こうやって、地方は疲弊するだけなのかねぇ。