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2009年12月24日 (木)

シーモネーター&DJ出し切った

ほら、痔が再発したじゃないですか。

なので、ここしばらくは慎重にやってるんですよ。

そのせいで、出てくるウンチもウサギみたいなものばかりに。

おかげで痛みも引いて、異常もない感じできてたんです。

だけど、それによって溜まっていた勢力が一気に押し寄せてきたんですよ。

これまでどおりに慎重に、踏ん張らずにやっていたら、その一大勢力が肛門に迫ってきて、リラックスした状態からポロポロだす調子では対応しきれないほど、かなりのボリュームが下界への解放を要求するんです。

でも、こちらとしては切れ痔の恐怖があるから力技に訴えることへの躊躇があり。

平穏な形でなんとかならないかと、ちょっと格闘してみたんです。

なんなら、一度体の中にお戻りいただけないかなんて相談もしつつ。

が、彼らの訴求力は凄まじく、肛門付近にとどまり続けるんですな。

その状態がまた気持ち悪くて。

さすがにこのままではダメだと観念し、ついに切れ痔悪化も覚悟して、フルパワー発揮を解禁することにして。

「みんな、オラに力を」とばかりにがんばるおいら。

なのに、いくら下半身をプルプル震わせても一線をなかなか越えてくれないんです。

いや、一瞬「これは脱腸ってやつか?」と疑い、このままだとどちらにせよ病院行きか?とすら頭によぎりました。

洋式でやっていたんですが、もしかしたら座ったままでは力が入りきらないのかも、と考え、軽く爪先立ちになってついに最後の賭けに出るおいら。

次の瞬間、奴らはニュルニュルニュル~っと喚起の歌声を上げながら便器に飛び込んでいきました。

その瞬間、なぜか「勝った」と思ったのは自分でも不思議なところですが、なんとかあのバリウム戦争のような傷つき方をせずにすみ、全身全霊を掛けた死闘は終わりを告げました。

あまりに壮絶な戦いだったため、トイレを出たあとはゲッソリとした感じとなり、足腰もフラフラになっていたのは言うまでもなく。

っていうか、一回まともに病院に行って、正しい診断をしてもらった方がいいってことなのかなぁ。

と、今回はシモネタ一本でお送りしました。

これは文字通りの体調が関係した問題であるためご了承ください。

2009年12月19日 (土)

アンリの手が本当に触れたものは

そういえば、押尾再逮捕に関連して、彼の元マネージャーも逮捕されているんですよねぇ。

いや、これはもしかしたら押尾本人よりもいまの本音を聞いてみたいところで、プライベートから親しいほどの関係だったらまだしも、本当に単なる仕事としての付き合いでしかなく、被害女性の携帯を捨てたことを罪とされたようだけど、それだって「押尾学のために」というより、「所属タレントを守るために」でしかない発想がさせたことだとしたら、きっといま頭の中を支配しているのは「なんでこんな男のために」だろうし、「仕事を忠実にしただけなのに」かもしれないんだろうなって。

だとしたら、この人は仕事ができる人だったと言えるかもしれないし、逮捕という結果につながるまでも「できる奴」という認識がされていたんじゃないかなぁって思ったんです。

もしかしたら、携帯を捨てるという判断を出来ないような奴は、マネージャーとして失格だったとすら言われ、そんな選択をできるからいままで芸能界でやってこれたとすら。

これは、正義とか公平性といった次元とはまた別の、その世界で認められるかどうかの基準が作用しているんじゃないかと思うんですよね。

それで思ったのは、先日仕事をしていて自分からすると理不尽なキレ方をされたんですが、ようは「俺らの課に必要だから、お前らはその分犠牲になれ」と端的に言えばそんな主張をされたんです。

聞いた瞬間、「はぁ?」ってなものだったんですが、きっとそんな腐った発想をのけのけと言えてしまうような空気が、その人たちの現場には自然と漂っていて、それを背景にしているからそんなことが強気になって言えたんだろうなって。

だから、それを言った人間は「よく言った」という賛同や後押しが背中から飛び交っていて、そこにある理不尽さは思いも寄らないくらいの頭になっているんだろうと。

そこで、改めて思い出したのが今年のサッカー界での最大のトピックとなった、アンリのハンド事件だったりして。

ワールドカップ出場を決めるプレーオフで、アンリはハンドをしながらも決勝点をアシストして大問題となったんですが、それについて審判に自らの過失を申告しなかったことを責める意見が多くあったようですが、人間誰しもそんな英雄的な行動は取れないし、自分も自分ごととして考えたら、その場はなし崩し的になかったことにするだろうなぁって思ったんです。

人間の小ささに共感すらしたくらいに。

だけど、ふと考えたのは内輪の目を気にしての黙秘だったのかなぁっていうことで。

エブラなんかは、「あれで審判に自ら告発したら、なにいい子ぶってんだと思っただろう」とコメントしてるように、俺らが勝ち上がるためには必要悪だくらいの空気がそこにはあったようなんです。

実際、あそこで勝つか負けるかでは段違いの波及効果があって、彼自身についているスポンサーの評価も左右するだろうし、フランス国内での反響も違えば、他の選手の注目どの違いからくる利益も雲泥の差となってきて。

その背負うもの様々が、ハンドという罪をうやむやにしようとさせたのだとしたら、それは共感できないなぁと手のひら返しをしてしまい。

客観性なき、内輪のみの満足は、なにも発展させないし、なんなら8点の人間しか作らないんです。

ハンドをしたという告白も、自分がいい子になるためではなく、本当の意味で自分が所属する集団にとって価値があることだと思えるのなら、それにこそ価値があったんじゃないかなぁって、そう思ったりしたのでした。

しかし、これによってアンリのキャリアはこれが振り返るときの最初の話題になってしまったねぇ。

2009年12月12日 (土)

子供を育てる自信がないドットコム

戦国ブームとか言われて、歴女が流行語大賞に選ばれるご時世だからなのか。

その前に、流行語大賞でレキジョ代表として杏が選ばれていたのが納得できなかったんですよね。

これもいい格好しいのユーキャン主催の企画ゆえのことなのか、それを肩書きとして活動している美甘子とか小日向とかは泣いてるんじゃないかねぇと思ったりして。

なんて悪態はこれくらいにして、パチンコで前田慶次の機種まで出ているのは軽い驚きで、どう考えても知名度は圧倒的に低いはずなのに、ブームってことでこういう力技が成立しちゃうんだなぁと思ったもので。

第一、前田慶次についてはほぼ架空の人物といっていい存在なわけで、史書にも軽く触れられている程度で、あとは隆慶一郎だったかな?が小説にして先べんをつけ、そこに北斗の拳の原哲也が乗っかって、ほぼ彼の手によって作り出されたキャラと言っていいんですよね。

それが、あたかもそんな人物が実在したかのような一人歩きたるや。

きっと、どこかで時代のニーズにフィットしての定着であり、こういう人間がいたらいいなぁという空気が漂ってのことなのかなぁなんて想像します。

だって、理想の人物像すら揺らぎまくっている世の中ですから。

「こうあるべき姿」をザッと考えてみても、かつてなら真面目で優しいとか、物凄くシンプルな像が思い浮かんだし、それで成り立っていたんですよね。

だけど、いまはなにが正しいのかすら分からないくらいになっていて。

より個人的なことにフォーカスして言えば、もし自分に子供ができると仮定して考えたら、どんな子に育って欲しいかがまったくもって思いつかないんです。

勉強ができたらいいのかと言えばそうではないし、漠然といい子であればいいかと言ったら、これからの時代はそれでは生き残っていけないとも思えて。

かといって、自分さえよければなんて子供になってもらいたいわけもないし、したたかさばかりに走っては本質を見失うとも。

他人を傷つけず、自分も傷つけない生き方なんてまず無理だし、それがほどほどですむほど生易しくもない時代性があって。

迷惑をかけなければいいというのが、つい最近までの価値観だったけど、それにも限界があると露呈されだしている現状、もし子供ができる環境ができたとしても、こんな生きづらい世の中に産み落としては申し訳ないとすら思ってしまうんですよね。

強くあって欲しいけど、繊細さは失って欲しくない。

負けて欲しくないけど、他人を遠慮なく踏みつけても欲しくない。

だから、言えるとしたら「こうしてはいけない」であって、「こうなりなさい」ではないんですな。

それだと、力強く生きていけないし、親としても背中を押してやれないと思うし、などなどを考えるに、親としても強くいれないし、自信が持てないんですよねぇ。

ま、現状では妄想でしかない発想なので、そんな心配しても意味がないんですけど。

いまのままなら、地球温暖化なんて関係ないし、エイズだって知るものかと言い放つことができるほどだし、ねぇ。

2009年12月11日 (金)

話に夢中になったことがない宣言

また、カイロプラクティックに行ってきたんです。

その前に、COCO壱じゃない本格カレーを謳った店で昼飯を食べて。

当然、そういう店だからナンが出てくるんですが、それがまた皿から大きくはみ出すほどのでかさで、ほんのり甘みがあっておいしかったんですが、そのボリューム感がハンパなくて。

だって、カレーを食べに行ったはずなのに、ナンを食べたっていうのが食後の感想になったくらいで。

カレーはナンを食べるための調味料扱い。

日本人はそれを本末転倒くらいに感じちゃうんですが、もしかしたら本場のインドではナンこそメインでカレーはドレッシングみたいな存在なんじゃないかって、ふと思ったんです。

だから、「毎日カレーなんてよく食べるよなぁ」なんてよく言うけど、当人たちはあくまでライスやナンの味付けのためのもので、だから色んな種類があるのも、ドレッシングでいうサウザンアイランドとかごまや梅しそのような感覚なのかなぁなんて。

そういえば、これまた当然のように店員にインド人らしき人がいたんですが、これがまた頻繁に水を注いで回っているんです。

きっと日本人の店長とかから、「日本でのサービスとはこういうものだ」ってしつこく教え込まれてたんだろうなぁと。

本場ぶるなら、店のサービスもインド風にしちゃった方がもっと雰囲気が出るのに、なんて思っては、本人たちの努力を否定しちゃうことになるのかな。

ここをよく利用する人からすれば、やはり丹念なサービス具合も大事になるんだろうし。

そして、カイロプラクティックは、昼飯をこんな感じで終えて、本屋などで時間を潰してから行ったんです。

前回からの変化とかも見てもらうために。

結果から言えばそこまで時間があいていなかったので、割りとキープできた状態だったんですが、やはり肩こりは結構なもので、あと筋肉の硬さもとれていませんでした。

もう一回施術してもらったらより改善に向かうって言われたのですが、今年のうちに行けるかどうか。

2回やってもらって、先生もそんな悪い人じゃないっていうのが分かってきたところだし。

だけど。

施術は1時間くらいあるんですよ。

その間、その部屋で二人っきりだから無言で通すわけにもいかず、どうしてもなんらかの会話をしないといけないのは、人見知り芸人の自分にはどうしても苦痛で。

特にプライベートで親しくなる必要もない人との会話って、その距離感をどうとればいいのかが分からない。

どこまで踏み込んで話せばいいのか、プライバシーはどこまで明かせばいいのか。

だって、ぶっちゃけ興味がない人のことで聞きたいことなんてないんですもの。

第一、知り合いとでも話すことが楽しくて仕方がないとまでは思わないわけだし。

「話に夢中になって」というフレーズがありますが、自分からすればそんなの都市伝説の範疇で、ガキの頃ならいざ知らず、自我が芽生えてからはニーズを考えてしゃべる意識があるだけで、話に夢中で時間を忘れるとかなんてまったくないんです。

女性は「ガールズトーク」なんて言葉があるくらい、しゃべってナンボな人種なんでしょうが、こんな自分からすると普通の男性以上に理解できない生き物だと言えるんですよねぇ。

そりゃ、縁どおりはずだわ。

2009年11月29日 (日)

雑感アルカリフォスタラーゼ

「アメトーク」の人見知り芸人がおもしろかったです。

世間的には中学時代イケてなかった芸人の方が笑いやすいし、ちょっといい話みたいな延長線上があるのでしょうが、どちらも同じ立場である個人的には、人見知りの方によりシンパシーを覚えたんですよね。

普段滅多にない、逐一「あるある」とうなずきながら笑ってしまう感じを味わったんです。

中でも、「エレベーターで一緒になりたくないから自分は階段を使って、しかもエレベーターに乗った人間より先に帰る」というバカリズムの話はツボでした。

あれこれ考える人間は最終的に自分の殻にこもるしかないんですよね。

その、あらゆる選択肢が視野に入っている人間より、ガサツな人間の方が勝ち組みたいな認識になっちゃるのは納得がいかないけど、その掘り下げ方を理解できない人間にとってはしょうがない現実なんでしょうな。

オバマ大統領の漢字表記が問題になっているとか。

アメリカ側はオバマのオの部分に音読的にも「欧」の字を使ってもらいたいようだけど、中国側は「奥」の字のほうがすでに流布しているし、「欧」を使うと欧州の人と間違われるからという理由で「奥」のままいきたい模様。

これはちょっと面白い問題だなぁって。

アルファベットを使う国と、そうではない国の相互理解の不成立であり、絶対に相容れない要素でもあるのかなぁって。

かく言う日本だって、いまだに北京をペキンと発音してベイジンとは言っていないし、オランダやドイツだってネーデルランドやジャーマンではないという。

もちろん、日本だってニホンとは言われず、ジャパンやジャポンと言われているから、お相子ではあるんですが。

トヨタのF1撤退が正式発表されてしばらく。

これによってF1から日本勢は完全に消えてしまうようですが、果たしてフジテレビは中継を続けるのかどうかという問題もあり。

もし、これでドライバーも日本人がいなくなったら、日本のF1ファン自体が珍しい存在となっていく可能性すらあるんじゃないかと。

自分はブームの時からほぼ興味がない分野だったんですが、そんな立場の人間でも寂しさを覚える話題なんですが、じゃあかつて熱心だってファンたちはどうなのだろうと思ったり。

それは、「その人たちが支えていたらこんなことにはならなかったのに」というより、自分のような一貫した距離感の人の感じ方と、どう違うんだろうっていう話としての。

そこにあるだろう妙な落差を想像しても、なんともいえない寂しさがよぎるんですよねぇ。

なんだろう、世界のトップレベルはなんでもかんでも大歓迎だった国なのに、もう自分たちさえよければいいみたいな流れになってきているのかなぁ。

そういえば、久しぶりに見た錦織健の顔が、整形した人みたいな感じになっていてビックリしました。

2009年11月27日 (金)

腰がクラッシュギャルズ

同一方向2車線で走ってたんです。

自分は右側で、左手前を初心者マークが走ってたんですよね。

高齢者専用マークが問題になっているようだけど、やはりこれを貼ってくれていると参考になるというのか、警戒はするようにするんです。

でも、それが逆効果だったのか。

その初心者マークが突然、右側に膨らんできたんです。

思わず自分もハンドルをバッときってしまい。

ハンドミラーのカバーが吹っ飛んだことは、その瞬間は気づかなかったんですよね。

中央分離帯にあったポールに接触したのは分かったし、それによってなにかが壊れたのも。

だけど、それはポール側のなにかだと思って、ミラーについては傷がついた程度ですんでくれって思って走ってたんですが。

帰宅して見てみたら、そこにはむき出しになったミラーがあって。

いやぁ、へこんだなぁ。

すぐにディーラーに電話して修理のお願いをしたんですが、電動で動く機能の損傷の可能性も指摘されて、さらに「これはまずいかも」というへこみ方をしたんですが、とりあえずカバーを取り替えるだけで済んだのは不幸中の幸いだったのか。

しかし。

その日、確かに小便から体調の悪さを感じ取ってはいたんです。

看護の勉強をした友人から、実は黄色い小便の方が健康で、透明な方が不調の信号だって聞いてたので、その日の透明な小便に「こりゃ、体調があんまよくないのかなぁ」なんてボンヤリと思っていたんですが、もっとビビットにその症状を感じ取っているべきだったんですよね。

それからしばらく、腰をグギッとやっちゃったんです。重いものを持ち上げた瞬間に。

仕事柄、そういうのは慣れたもので、背筋とのバランスで持ち上げるテクニックも身に着けていたんですが、そのときはややバランスが悪い状態で行ったのが悪かったのかと。

持ち上げて「あ、ヤバ」と思ったの時にはときすでに遅し。

去年のゴールデンウィークでもやったんですが、その際は一発の衝撃度は凄かったんですが後には引かなかったんです。

だけど、これはやった瞬間に「引きずりそう」っていうのが分かって。

その結果、その日の夜は寝付けなかったんです。

それほど痛かったってことではないんですが、寝返りを打つと痛さを覚える状態だったため、リラックスして眠れなかったことが睡眠導入を邪魔して。

ようやく寝付いてから数時間、起床時にも苦痛を覚えたので、「こりゃ病院行きだな」とすぐに悟り、会社を休ませてもらいました。

病院での診断がどうであれ、少なくとも1日は安静にしないと慢性化しかねないと思ったもので。

ま、とりあえずレントゲンを撮ったりしたけど「問題なし」との言葉をいただいたので、一過性の症状と思って安堵はしているんですが、腰は癖になるとも言われているので、当分は病院からもらったコルセットを重宝させてもらうことに。

この立て続けの不幸に、「そういや今年も最初の3ヶ月はケータイ落としたりとイヤなことが続いたよなぁ」なんて記憶が甦り。

2度あることは3度あると言うし、このままダウナーな調子で2009年が終わっていくのでしょうか。

2009年11月23日 (月)

ハゲしいね、レーハーゲル監督

この間、ひとりで名古屋に行ってきました。

そこで、目の前を歩いていた二人組の女性を見かけたのですが、ひとりは背中が大きく開いた服を着ていたんです。

男なので反射的にその肌の露出を見ちゃったのですが、すぐにゲンナリすることに。

その女性、背中に目立つほどの毛が生えていたんですよね。

いやいや。

これまで付き合ってきた彼氏は何も言わなかったのでしょうか。

というか、隣で歩いている友達さんよ、なにか言ってやれよと。

それとも、本人がそれを知った上で気にしていないのか、処理の手抜きをしているのか。

もし、誰も何も言っておらず、本人がこの現実に気づいていないとするなら、それを知る未来を思うとちょっとゾッとするものがありますな。

これが、自分も外見を問題とした目的で名古屋に来ていたのだからなお更で。

というのも、髪の毛の病院であるACCクリニック名古屋に訪れたんですよね。

3年半ほど前に、まだ錦クリニック時代に一回いったことがあるんですが、今夏ぐらいから前髪ができなくなってきてる気がしたので、再診願おうと。

それで、色々と問い合わせしながら自分の予定を考えながらやっていたら、予約できた日が11月半ばまでズレこんでしまい。

なので、本当は受診前の時間でSKE48のライブにでも行ってやろうとか思ってたんですが、色々調べたらライブ時間いっぱい付き合うと予約時間に間に合わないということが判明し断念。

これのみを目的としての名古屋となりました。

前にも体験していたので、とりあえず無理やり処方や施術を押し付けられることはないという安心感はあったのですが、今回もしておいた最悪の想定とはならず、診察費用のみですみました。

どうやら、誰でもある年齢なりの減り方はあるとして、あとは様子を見ておくといいって感じとなり。

まぁ、それでも髪の毛の病院なので保険が掛からず、1万円はとんでいったのですが、さらに継続的に薬なりを処方してもらうとなると、毎月3万は見ておく必要があったので、髪の毛が大丈夫ってことと合わせてホッとする結果に。

もちろん、絶対なんてないのでこれからグングンとハゲてくるかもしれないけど、病院に見てもらえば万事OKではないし、病院の人にも実際にそう言われました。

治療効果に満足する人は50%くらいだとも。ここで治療すればそれ以上後退することはないとは言ってましたが。

それでも、髪の毛は主観の問題も大きいので、本人が安心するためだけに薬を処方することもあるという話もされて、その上で「どうする?」という話もあって。

まぁまぁ、こういう姿勢を見ると、そこらの発毛をうたう施設に通うよりは、良心的だと思いました。

これでまだしばらくは心穏やかでいられそうかなぁ。

そういえば、そこではまずスタッフによるカウンセリングがあって、その後に先生の診察となるのですが、大方の判断はカウンセリングでつけられます。

自分も、髪の毛の治療はどちらにも転ぶという話をされて、断言は出来ないというスタンスを示された後で、髪の毛のボリュームがあるとか、後頭部と生え際とでは同じ髪のコシがあるなんてことをポロポロ言ってもらったことで、安堵感を覚えていきましたから。

そのあとでの先生は、もうおんなじことを何度も何度も言ってきたからでしょうが、ほとんど患者に向けてしゃべっているというより、噺家みたいな漫談を繰り広げている感じで、それを傍耳立てて自分で判断しろみたいな調子だったんですよね。

それはそれで面白かったのですが、もう少しここで納得したかったなぁとも思ったり。

それとも、「その程度の状態でくるな」みたいな冷ややかさがあったのかなぁ。だとしたら、違う意味でのそれはそれでうれしいことなんですけど。

2009年10月15日 (木)

ラジカセがない部屋

最初は小学校4、5年生の頃だったのか。

赤いラジカセを父親からお下がりのように譲り受けたんです。

正直、カセットを聴くっていうことは知っていたけど、ラジオというものがなんなのかサッパリ理解しておらず、とりあえずテレビの声だけヴァージョンという認識をしたような記憶があります。

最初にスイッチを入れて流れてきたのはチェッカーズの「涙のリクエスト」。

そこから、自分の知らない世界への興味もあって、自然とラジオを聴く週間ができてきました。

自分のところは山の中なので、電波の入りが悪い局もあって、岐阜なのに岐阜放送もそうだったし、CBCもあんまよくなかったんです。

東海ラジオをよく聞くようになったのはそんな背景があってのことで、深夜の東海ラジオ製作の30分番組なんかはあれこれ聞いていて、いま民主党で小沢チルドレンとか言われている青木愛もその時期やっていたようないなかったような。

田中律子や森川美穂なんかから、B’zまでやってたんだよなぁ。

さらに遅い時間では民生やTMネットワークとかもやってたと聞いたことがありますが、はたして。

「ポップロックスーパーベスト10」で、一歩踏み込んで音楽を楽しむようになり、その番組のゲストでは、ドラマのタイアップになったころを無邪気に喜ぶミスチルなんか、鮮明に覚えています。

「mamiのRADIかるコミュニケーション」はそんなラジオとの距離をグッと縮めた最大の存在で、小森まなみが産休するという話が出た頃からずっとカセットテープに番組を録音し続けてきました。

この番組によってアニメが特別に扱われる環境がラジオにはあると知って、アニラジといわれるブームには熱中したものです。

中でも、角川アニメ映画の宣伝番組として期間限定で立ち上がった「アニメキングダム」は、出演者とリスナーの熱意で「アニキンFREEDOM」と形を変え、15分番組になり、スポンサーもいない状況からも何年も続く人気番組となっていったんですよね。

でも、妙にガツガツすることもなく、実にダラダラと飄々とやっている姿がなんとも親しみを覚え、自分にとって今でも一番好きなラジオ番組だったと言い切れるくらいに。

この番組も、当たり前のようにカセットテープに録音し、何度も聞きなおして、次第にはそこで面白かった発言をまとめた「アニキン用語辞典」なるものまとめ、それだけでは飽き足らず、ワープロで印刷した何十枚にも及ぶ紙を番組に送りつけ、それが番組で読まれるどころか、採用された投稿はほぼそれのみで番組を独占した夢のような出来事もありました。

それを前後して、ラジオへの投稿を始めたのは、単にアニラジ人気を下支えしようと、ハガキの枚数が多いほうが人気があるように思ってもらえるだろうという発想で始めたことで。

いつしか、ちょっとした常連リスナーみたいになり、「憧れています」なんて他のリスナーから言われたりして、自尊心をくすぐる行為になっていったよなぁって。

それから、アニキンが終わってちょっとした喪失感に見舞われ、適当に書いたネタでも読まれちゃう現状に嫌気が差し、アニメや声優関係からとりあえず離れようとなり。

そこからまともに聞いていたのは「堀江由衣の天使のたまご」くらいで、いまでは「美の巨人たち」との流れ聞きになっている始末。

「mamiのRADIかるコミュニケーション」が終わると知って、自分の中でのひとつのサイクルが終わるとは思っていたけど、いざ番組がない日曜日を迎えてみると、夜の10時を前にラジオにカセットをセットする準備を考えている自分がいたりしました。

そして、「そっか」って。

そのラジカセ、ふと考えてみたら、もうその録音のためだけにしか使っていなかったんですよね。

「ってことは、もうコンセントを外してもいいんだ」って知ってしまい。

自分の部屋のコンセントの差込口、必ずひとつはラジカセのために埋まっていたんです。

それがついに途切れてしまう。

これが自分にとってどんな意味を持つのかは分からないけど、いい変化だという実感はないんですよね。

自動車に乗っているときは変わらず聞いているし、プロ野球中継だって携帯ラジオでチェックしたりはしているんです。

だけど。

ラジオが部屋にない生活をしている自分は、なにか自分ではないような気がしてしまうんです。

2009年9月 7日 (月)

俺たち世代は時代を変えない

うちの真綾ちゃん、武道館ライブをやっちゃうそうなんです。

いやはや。

「なんか、ごめんなさいねぇ」なんて言っちゃいたくなる、嬉し恥ずかしな気持ちに支配されがちな今日この頃。

まぁ、いちおう大人なので、かつて椎名へきるがやったときのような快挙という向きはなく、水樹奈々もやったり堀江由衣もやったりするような、声優でもやって当たり前な環境に乗っかった企画だとは分かっているし、不景気だし、音楽業界からもスターが生まれなくなっている現状で、武道館レベルのアーティストは減ってきて、相対的にランキング上位に来る声優系アーティストでも相応の箔が知らずについてきているという関係性も感じたりしています。

なので、長年ファンだといってもそこまで盛り上がる部分もなかったりするんですな。

椎名へきるの時は、友達を巻き込んで参加したくらいなのに。

もう一度言えば、いちおう大人なので、そこまで勢いに身を任せられないっていう側面もありつつの。

慣れって怖いなぁってことなんでしょうが、堀江由衣でも2Daysだってこともあるんですが即日完売はしなかったようだし、そこは「さすが坂本真綾」って思われるために無理するべき時期なのかなぁ。

チケット発売はまだだろうから、しばらくは思案しておきたいと思います。

でも、自然とこの期間で椎名へきるで燃えていた頃を思い出しちゃったりするのかなぁ。

あれからの月日を考えると、もっとあれこれ変わっていて、なにより自分たち世代が社会の新しいパワーとなっていると、そう思っていたわけではないけど、いま改めて考えるとそうあるべきなんじゃないかなぁと思ってしまうんです。

なのに。

ザッと見回してみても、「新しいパワー」と言えるほどのなにかが見当たらないんですよね。

スポーツ選手での旗手たる存在はそれなりに出てきているんです。

でも、それってその世界で優秀であれば、結果が出ていれば必然的に目立つっていうだけのことで、どの年代でも世代交代の関係でいつかは日が当たるんです。

そうではなく、クリエイトする才能が出てきていない。

イメージを変えるほどの想像、創造ができていないというのか。

もっと大きく把握してみても、芸能界でいえばキムタクと宇多田ヒカルくらいしか圧倒的ではないんじゃないかなぁと。

企業の面でも、まだまだ先達たちが強い状況は変わらないし。

政治もケネディクラスは現れず。

うーん、寂しいなぁ。

時代背景がそうさせたのかもしれないけど、それを原因にしちゃっても責任回避にしかならず、どこかで必要な積み重ねから逃げてきたツケが回ってきているのかなぁなんて、自分たちの軽さを痛感してしまうところです。

もし、これから10年でまだ誰も時代の先駆者たる存在が出でることないままだったら、一気に下の世代に頭が上がらないことになるんでしょうねぇ。

2009年8月29日 (土)

雑感ステアリン

さすがにずっとっていうわけじゃないけど、しばらくハマってマックに通っていました。

期間限定のシェイクのヨーグルト味。

どう考えても、シェイクという飲料との相性が一番いいでしょ、ヨーグルトって。

自分が甘酸っぱい系が好きっていうのもあるけど、これはオールシーズンとまでは言わないけど、夏の恒例にしていって欲しいなぁ。

そこで小学生時代の給食のこともチラッと思い出して、そこで出てきたアイスクリームがヨーグルトとチーズのミックスしたような、甘酸っぱさと濃厚さのいいとこどりしためちゃくちゃおいしいものだったんです。

確か、小学校時代に3回くらい出てきた記憶があり、3回目に出た時にその蓋を家に持って帰って親に「これ買ってきて」ってお願いしたくらい。

親も探してくれたみたいだけど、どうやら給食のみでの流通商品だったらしく、お店には並んでいなかったんですが、あれからかなりの歳月を生きてきたけど、あれ以上においしいアイスクリームには出会っていません。

食べ物ネタをすると、ピラフって最近食べてないし、そもそもメニュー等で見なくなったなぁと。

それこそ小学校時代、喫茶店の看板には必ず「スパゲッティ、ピラフ、ステーキ」という感じでその名前が並んでいたものです。

ただ、あれって本場のそれとはまったく違う調理法で、ほぼチャーハンといっていい代物だったんですよね。

それとも、そんないい加減なイメージ重視の食べ物だったから現役でいられただけで、正体がバレたら日本では通用しなくなったのかなぁ。

よく分からないところですが。

こちらもキャンペーンはもう終わっているのかもしれませんが、COCO壱番屋で「トンテキカレー」をプッシュしていたんです。

それで、店の回りにも宣伝する旗っていうのかな?がいっぱい立っていたんですが、風で裏返るとその文字が透けて見えるんですけど、パッと見「インチキカレー」って読めてしまうんです。

これって、自分だけだったのかなぁ。

いや、というかいっそ「インチキカレー」なるメニューがあったら食してみたいなぁとすら。

もちろん、体に悪い食材を使われたらナシなんですが、「カレーっぽいでしょ?でも、実は・・」っていうのは大きな売りになると思うんだけどなぁ。

勘違いついでに、というのか。

自分は東海地区に住んでいるので、テレビやラジオは名古屋製作のものを見聞きしているんです。

車に乗っているときはまずラジオを聴いていて、聞きたい曲なりが流れてないとひたすらザッピングしちゃっていて、そこでNHK第一放送に立ち寄ることもあるんですな。

そのNHK第一放送は、テレビで言えばフジテレビがCXっていうように、アルファベットでの呼称がJOCKらしいんです。

で、夜7時前に常に「JOCK名古屋第一放送です」と流れるたびに、ちょっと「JOCK」って女子高生の略語みたいだなぁなんて思ったり。

いや、ホントくだらない発想ですが。

これも、自分しか思わないことなのかなぁ。

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