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2009年9月17日 (木)

鳩山・一郎時代はいつまで続くのか

なんか、ヘルニアを患ってるかもしんないです。

もしくは、患う可能性が高まっているというのか。

体の調子の悪さをネットで調べてみたら、首でもヘルニアがあるってことで、肩こりだけではなくその線も体調に影響している感覚があり、さらに腰も痛さを覚えだして、そこからしびれとはまではいかないけど、冷たい感じの鈍痛が走ることがあって、背中のセンターラインで蓄積した疲労による状態の悪さを自覚するものです。

その調べたネット情報からは、軽い症状ならカイロプラクティックでもなんとかなるってことなので、何ヶ月かに一度いくくらいのところがあるので、そこに月に一度くらいのペースで2,3度通ってみようかなと考えてみたり。

その店は安さが売りではあるんですが、問題はそこが自宅でやっているってことで、客としての居心地のよさはないって部分。

辛さがそのハードルを越えたら訪れるってパターンだっただけに、体のケアという理性的な意識で足を運べるのかなぁっていう。

でも、追い詰められた決断は極端に走りがちっていう弊害があるから、大人としてそこは先取り的な行動を選ぶべきなのでしょう。

民主党政権誕生なんかも、長期的に見ればなんらかの弊害が待っていそうだし。

鳩山氏が総理に選出され、組閣人事も発表され、期待感が強いスタートとなりました。

特にピュアさを好む日本人気質がそう思わせるのか、ほとんどの大臣選出者が未経験だっていうことにこそ、その期待感の裏返しがあったりして。

中でも、やはり厚生省に乗り込む長妻氏には、革命的な変化への待望があるんじゃないでしょうか。

当初は違うポストが用意されていたようですが、本人たっての希望での着任となるようです。

それだけの意気込みがあることに頼もしさもあるんですが、すべてが思い通りになるはずもなく、かなりの確率で失望を呼ぶだろうことを想定するに、冒険をしたなぁとも思わされるもので。

なにもやっていないから夢を持てるってことは、なにかをやっちゃうとほどが知れて、最初からほどが知れている人よりも落差が大きく、反動もその分大きくなるんですよね。

小沢新幹事長は、小沢チルドレンと言われる新人への引き締めを早速図ったようだけど、小泉チルドレンが今回の選挙で壊滅的だったように、民主党の圧勝劇も過剰さがもたらした結果だけに、どう考えても落選者の方が多くなる未来が待っていて。

まぁ、それ以前に小沢が自身が思い通りにやりたいことを優先することが、最大の波乱要因となり、民主党が雪崩を打って瓦解するリスクとなるんですが、自民党的しがらみがない政治家たちが与党であること自体に意味があると考え、なによりその状態が長く続くことにこそ政治の変化につながるという達観、割り切りさえできたら、違った結果になるのでしょうが。

そうなったらそうなったで、国民ウケから外れて、野党から攻撃を受ける隙を生み、ガタつく要因ともなるわけで、なにかと簡単ではないのですが。

しかし。

それとは別に個人的に感慨深かったというのか、印象的だなぁっていうのが亀井静香が郵政担当の大臣に選ばれたこと。

小泉郵政選挙があったとき、離党した郵政族たちはもう政治生命は終わったと誰もが思って、彼らが自分の手で小泉が言う郵政改革をストップさせるなんて機会は当人たち以外は永遠にやってこないって思っていたはず。

それこそ、IZAMとひなのの結婚や、広末のそれが誰も当人たち以外は長続きするわけがないと思ったように。

それがまさかの悲願実現。

人生、なにがあるか分からないし、「あきらめたらそこで試合終了ですよ」の安西先生の言葉は改めて重たいなぁと思ったのでした。

2009年8月31日 (月)

圧勝劇

ウッチャンが関わることが確定的だったので、しょうがなく「24時間テレビ」をチラチラとチェックしていました。

本当はまったく見たくなかったし、想像通りの調子だったので見るに耐えなかったというのがその感想なんですが。

なので、ガッツリと見ることはせず、とりあえずイモトがスタートするところとゴール近辺は絶対に出るだろうってことで、そこはある程度チャンネルを合わせた状態にし、それ以外では「しゃべくり007」のコーナーに出る可能性を感じていたのでそこもずいぶん引っ張って見てみました。

結果、不幸中の幸いなのかほとんど中心として活躍する時間帯はなかったようで、言うほどは見ないですんだという安堵もありつつ。

しかし、なにかの記事で今年は武道館よりキャパが狭いところでやったり、テレビ業界の予算削減の流れはここにも出ていたようで。

こちらの地域でも、従来は東海三県のあらゆるイベント会場にアーティストを派遣していたんだけど、今年は愛知の決まった場所のみでのコンサートだけで、それ以外は無視されていました。

ボランティアなのに出演者にはギャラが出ることが以前から問題視されていましたが、不景気だからって規模が縮小されるっていう部分に、なにを優先してこの番組がなされているのかが見える気がするのでした。

ということで、選挙特番が始まったらすぐにそちらにかぶりつきになって。

いやぁ。

事前の予想では分かってはいたんですが、ここまで現実を見せ付けられるとやはり圧巻ですな。

民主党が郵政選挙ばりの地すべり的な圧勝のようです。

これはねぇ。

自分も郵政選挙を持ち出してみたし、4年前との逆転現象だとか同じ傾向がさせたムーブメントだという語られ方がされていますが、ちょっと違うなぁと個人的に思っているのは、あの時は結果が分かった時に「やっちまった」という空気も出てた気がするんです。

思った以上に自民党に勝たせすぎた、と。

今回も、「勝ちすぎ」という思いはもちろんあるんですが、かといって「やっちまった」感までは芽生えておらず、割りと自覚的にやった結果だと思うんですよね。

民主党への不安よりも、とりあえず自民党ではもうダメだっていう思いが強いと。

これについては悲観論ばかりが聞こえてくるし、どう考えてもばら色の未来のスタートだとは思えないんですが、現状維持がいいわけでもないわけで、なにより大事なのは民主党に投票した人は責任を持って監視し続けることなんじゃないでしょうか。

とりあえず、いまは無責任に言っちゃうとすれば歴史的な出来事を目の当たりにした衝撃が強くて、その感覚を楽しんでいる感じです。

自分がおじいちゃんになる頃には日本史の教科書に載るほどのことですから。

政治については10代の頃から関心を持って、特に選挙特番は好きでよく見てきたんですが、今回も紳助とかいらんなぁとか思いながら、下手なドラマよりも面白い一喜一憂を堪能していました。

だって、スポーツとかなら無我夢中な人間の姿は見れるのでしょうが、そこに妙な損得への感情はないし、大体が若者ゆえの思いが作用しているじゃないですか。

選挙は、人生をかけたマジなおっさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんの姿が見えるんです。

みっともないほどにあけすけな、というのか。

人が悪い見方ではあるんですが、若い人ももっと興味を持ってもいい「ソフト」だと思うんですよねぇ。

さて、日本はこれによってどう変わっていくのでしょうか。

2009年7月26日 (日)

矛盾はしたたかさと惰性が成立させる

朝、いつもの通勤ルートを運転していると、中学生らしき集団が道路沿いの歩道にワラワラといたんです。

「なんだろう?」と目線を向けると、傍には警察らしき姿も。

チラチラ見ながら運転していると、横断幕らしきものを持ち出しておもむろに広げだしたんです。

「なんだぁ?」と直視すると、そこにはこう書かれていました。

「よそ見運転をするな!」

・・・

「するわ!」

当然のようにツッコミました。

横では警官が「うんうん」ってうなずいているくらいなんですが、明らかにその行為自体がよそ見運転を生むっていうこの矛盾たるや。

なんか前に、警視庁も協力したという「オレオレ詐欺」対策でご老人と踊る「オレオレ詐欺音頭」のニュースをやっていたけど、その脈絡のなさとともに、踊っている老人が「健康にいい」なんてコメントをしていたところが目的を失っているなぁと思わされたんですが、なんでこうお堅い職業の人ほど真面目ぶっていること自体を優先して、効果は二の次にするのかいねぇと思わされたんです。

ようは、職業柄に適したことをやっていることで、ちゃんと仕事をしていると見られたい、やってますと主張したいというだけのことなんでしょうが、その人間丸出しなしたたかさと手抜きの同居を思ってしまうのです。

ルーティンワークと既得権益死守によって、安定して、安心して生きることを目的とする人間だらけなのは、自分もその中に生きているので当然知っているのですが、こんな負け組の世界だけでなく恵まれた給金をもらっていてもそうなるっていうところに、資本主義ってなにかね?とも思ってしまったり。

そのくせ、一生懸命やる人間がいたらいたで、バカにしたり、笑いものにしたりするのは、どこかで後ろめたさもあるからなのか。

最終的に「やる人間がやればいい」くらいの勢いで、そんな人に責任を押し付けたりすらするし。

キレイな理想を語ることは、かつては本当に信じていたからっていう部分もあったんだろうけど、いまは形式的な問題としてこなしている気がするのは、民主主義の限界を見た気にもなるんですな。

解散総選挙が決まったけど、政治家たちが訴える言葉は空虚で、内輪で頑張っているという姿勢としてアピールすることの方が目的化している現実にも、なにに希望を持てばいいのだろうって思わされてしまうのです。

そういえば、横断幕が出てたあたりで、ここら辺を選挙区とする民主党候補も演説してたなぁ。

当然のように誰も足を止めていなかったけど、それでも野党優勢の流れで勝っちゃうんだろうなぁ。

2009年7月17日 (金)

政局を読MW

車で移動中の際は、FM放送を聞いていることが多いんです。

たまにNHKのニュースだったり、夜になると野球中継ってこともあるけど。

なので、とりあえずの洋楽事情なんかも把握しちゃっているところがあって、例えばスティーブ・アップルトンっていうアーティストが、海の向こうでは今年度の期待№1に選ばれたなんてニュースも聞いたり聞かなかったりしています。

そのアップルトンさんと、ブラックアイドピーズが本当にやたら流れてるんですよ、ここ最近。

もしFMを一日中流している自営業の方なんかがいたら、すっかり聞き飽きているんじゃないかっていうくらい。

ちょい前のフローライダとかもそうだったし、「ガソリーナ」なんて曲もあったけど、バカの一つ覚えのように過剰に放送するってパターン、ホントに多くなったなぁという印象があります。

もちろん、どんな時代でもその傾向はあって、洋楽で言えばマカレナとかマイアヒとかスキャットマンとか、しつこいほど猛烈プッシュされてはきたんです。

でも、それはリスナーにウケているという実感を裏に感じていることは伝わっていて、ようは「ブーム」ってやつなんだなぁって思わされたものなんですよね。

それが、「いまはこの曲でしょ?」的な、ちゃんとツボを抑えてます的なスタンスが露骨になってきている感覚があるんですよね。

自分の印象では、ジェームス・ブラントの「ユア・ビューティフル」くらいから始まっているような気がしています。

それとも、マイケミカルロマンスか。

とりあえず失敗しないことを旨とする風潮の延長線上の、典型的な現象なんでしょう。

FMなんかまず聞きそうにない政治家でも、見事にその流れにあって。

まぁ、政治家の場合はFMを聞くような選挙民な相手にしなくていいという、順当な判断があるからでもあるんでしょうが。

というか、どちらにせよ、いまは聞いている暇すらないんでしょうけど。

衆院解散が近いことで、より浮き足立ちだした政治家たちなんですが、特に、当然ですが自民党がドタバタしています。

麻生を降ろして少しでもイメージがいい人を総理にしようっていう勢力が、俄然勢いを増しているようですが、さて。

基本的に与党側、権力側が嫌いな自分としては、消去法で民主党に頑張ってもらいたいと思っていたのですが、一方が圧勝することが望ましくないとも思っているので、目先の選挙だけを思えば顔を挿げ替えるべきだと思っているし、無責任な立場で言えばその方が面白そうとも思っていたりします。

でも、自民党思いな立場になれば、この期に及べばどちらにせよ敗北が確実な中で、圧倒的に負けるか僅差で負けるかなんて重要ではなく、与党に返り咲くことを目標とするなら麻生で負けた方が後々功を奏するとすら思うんですよね。

それは、負けたことを麻生のせいにしておけば党内は結束しやすいってこともあるし、この期に及んだ原因でもある自民党内に溜まった膿をこの際一気に出せる好機にできるからでもあって。

それに、民主党が政権をとっても長持ちしないのは、経験のなさと同時に官僚と対決姿勢であることからも明白なこと。

この麻生降ろしで党内が分裂状態となり、下野によって文字通りに分裂しかねないリスクを負うよりは、じっと敵失を待つ方が賢明だとすら。

もちろん、自分なんかでも分かることなんだから、当人たちも気づいていると思うのですが、そうはならないのはみんな党よりも自分が選挙で勝つことの方が大事にしているからであり。

となると、どちらにせよ一度痛い思いをするべきなのは変わらないってことなんでしょうな。

2009年7月 4日 (土)

本人が肯定していいこと、悪いこと

そういえば、鼠先輩って引退するらしいですね。いまさら書くネタでもないんですが。

ぶっちゃたけ話、みんなが一発屋だと思っていた存在で、実際にそのとおりになってきていたところなんですよね。

ただ、従来の一発屋は本人的にはなんとか生き残ろうとバタバタしてるんだけど、世間が知らない間にソッポを向いてそのままフェードアウトっていうのがパターンであるし、いまは一発屋があまりに量産されすぎているので、一発屋になった人間としての仕事をするのがとりあえずの次の展開になっているくらいで。

それを思うと、自らを一発屋だと認めて引退すると公言した例は実はかなり珍しく、なんやかんやと芸能界にしがみつこうとする人ばかりの中でかなり潔い態度だとすら言えるんじゃないでしょうか。

「HEY!HEY!HEY!」なんかでは割りとその存在を推していた時期もあっただけに、なんとか生き残っていくのかいなぁなんて思ったこともあったし、空回り気味にからんでいこうとする姿勢は下手な一発屋芸人よりも貪欲さを感じてはいたのですが。

これもいまさらですが、もっと胡散臭い雰囲気を守るために露出を減らして、ポイントポイントで起用したら面白い程度で売っていく手段もあったかなぁとも思いつつ。

とりあえず、「ギロッポン」の後に出したシングルもふざけきったことも含めて、「天晴れ」って大沢とか張本なんかに言ってもらいたい感じですな。

もしかしたら、名前を変えて「いえ、鼠先輩とは別人ですよ」とかいって芸能活動を続けてるかもしれないし、もっと胡散臭い仕事を始めて、悪いニュースでその顔を見ることになるのかもしれませんが。

と、なんでこのタイミングで鼠先輩のことを書いたかといえば、最近街角で増えたポスターを見てふと思い出したってだけのことで。

それは、幸福の科学が立ち上げた政党「幸福実現党」のものなんですが。

ホント、やたら見かけるんです。

党首の写真なのか、友近似の女性のバストアップのポスター。

これは、みなさん幸福の科学に所属している土地でのことなのか、それとも金を払って掲示しているのか、それはないだろうけど無断に貼り付けているのか。

もし最初の仮定が正しいのなら、口よどみながら言えば「それほど浸透してるんだ」っていう驚きを持ってしまったり。

確かに、本の売り上げランキングでも大川隆法のものって必ずTOP10入りしているから、まったくない現実でもないんでしょうけど、これも口はばったい物言いをすれば選挙というクッションを挟むことで公言しちゃってもOKなことに、なんなら積極的に表明すべきことに転換したんだっていう、これも驚きを持ってしまい。

これが飲食店だとか商売屋だとしたら、もしかしたら政治色を嫌う人は敬遠の対象になりかねないのになぁとも思うし。

いつの頃からか、「誰にも迷惑をかけなければなにをしたっていい」という風潮になって久しいですが、徐々にボタンの掛け違いが目立ってきたような気がしないでもないのでした。

誰かにとって間違いなく正しいってことは、他の人にとってもそのまま当てはまるわけじゃないってことは、自分も大人になって知った口ですけども。

2009年5月17日 (日)

鳩山が勝って自民党もガッツポーズ

これで、友人の結婚式もマスク着用を考えないといけなくなってきたのかなぁ。

神戸の男子高校生が新型インフルエンザに感染。

海外への渡航歴がないということで、人から人への感染があった模様という。

さらに、同じ高校の生徒も感染の疑いありってことで、まずは関西で日常生活の上での躊躇が出てくるのかなぁとか思ったり。

いまはまだ弱毒性ってことで、もしこれで免疫が出来るのなら秋以降の強毒化の前にあえて掛かっておきたいくらいの勢いもあるんですが、かといってそれで仕事にも出られないわ買い物も無理だわと、しばららくの自宅軟禁状態になるのは普通に苦痛なわけで、誰だって思うのでしょうが「自分だけは無事でいたい」って思ってしまうんですよね。

とりあえず、帰宅しての手洗いうがいは習慣化しているので、あとはマスクと人ごみを避けることをしないといけないのかと。

で、上記の友人の結婚式がどうしようってことになるんですが。

でも、マスクは失礼だろうからなぁ。

参加しないなんて選択肢はもちろん考えていないし。

うーん、ホント大変な展開です。

このニュースによって、微妙に扱いが小さくなった感があるのが民主党の代表選挙。

党内事情が優先されて鳩山由紀夫氏が再び代表の座に就くことになりました。

いや、これは自民党が喜んでいることでしょう。

どう考えたって、選挙の顔としては岡田克也に分があったし、民主党としても強気に出られたはずなんです。

鳩山だと、どうしても小沢の傀儡としてのイメージが強いし、フレッシュ感もないし、自民党に対して世襲の禁止では有利な主張ができていたのが、世襲の権化がトップなんだから説得力がなくなるわけだし。

挙党一致体制を声高に叫んでいたけど、どれだけ内輪が固まっても外にメッセージが届かなかったらただの仲良し集団なだけで、政党としての魅力にはつながらない。

これが自民党なら、選挙の顔となる人間を担ぎ出すくらい平気でやっているのに。

そこが、党としての歴史や与党権力への執着心の違いなのか。

挙党一致といっても、選挙まで4ヶ月もない現状ではその長期展望は意味をもたないでしょうし、世論調査でいい反響が出たならそれだけでまとまるものでしょうにとも。

小沢が掲げた政策自体は支持されているっていうのも、自民党もそれに乗っかってきているから固有の主張になっておらず、次の公約が欲しい時期ですらあったり。

いやぁ。

これで本当に衆院選挙がどうなるか分からなくなってきました。

テレビ依存的には選挙特番、ザッピングしながらまたチェックしよって感じで。

2009年5月 1日 (金)

人も物も動かない、なんて現代サッカーに逆行する流れかのような

ふと頭をよぎる「そういえば」シリーズなんですが、そういえば最近名古屋ローカルで深夜番組の特番をしなくなったなぁっていうのがあります。

10年前は、そこそこのタレントを揃えて、2~3時間の生放送を深夜でやることって普通だったし、例えばZIP-FMという名古屋の洋楽が強いFM局とコラボして朝方にかけてその年のランキングを放送してたりしたんです。

それが、いまではサッパリだなぁと思って。

あの時代は名古屋が元気だったってことなんでしょうか。

それなりのタレントを呼ぶことが、妙な達成感につながっていた幸せな時代だったってことなんでしょうか。

コスト削減がハンパじゃないいまとなっては、もうよほどのスポンサーがつかないと目新しい冒険はできいない状況なんでしょうが、元気がないいまだからこそ野心的な取り組みで楽しませて欲しいなぁとも思うのでした。

果てさて。

豚インフルエンザですよ。

なんの専門知識もないので語るにも限度があるから、アホをさらすことになるかもしれませんが、触れずにはいられない事態になってきましたな。

いや、ちょっと前から「パンデミック」という全世界に爆発的に広がる流行病の危険を聞いてはきたんですが、ついにきたかとは思ってたんです。

まず、メキシコで発生というのが意表がつかれたところで、きっと本人たちもそうだっただろうがため、明らかに初動のミスがあったんだろうと思われます。

そして、悪いことにちょっとウヤムヤのうちに済まそうとした節もあるような。

中国がSARSで失敗した二の轍を踏む格好で。

自分としては、その後にアメリカで一気に広まって日本の危機感をあおり、豚肉を食べないなんて空気になった後に、日本に上陸かなぁなんて思ってたんですが、甘かったですな。

さて、これからどんな勢いで日本で広まっていくのでしょうか。

大都市から麻痺していくのでしょうが、タイムラグもなく地方にも伝播するのか。

旅行業界、航空業界にダメージがでかいと思ったのもつかの間、世界的な不況に追い討ちをかけるこの展開は、第三次世界大戦をするしかないような状況を招くのかとも。

個人的にも、「大型ショッピングモールとか当分行けなくなる時期がくるのかなぁ」がプライベートの心配の種で、本屋もじっくり立ち読みしてられないという悩みも感じつつ。

仕事も、業務停止なんてされてはたまったものじゃないけど、それ以前でも小さい発想ですが「どのタイミングでマスクをしていこう」と思い巡らせています。

早すぎたらビビッてるの丸出しだし、かといって強がって病に倒れたら見も蓋もないことに。

そして、もうひとつ懸案事項になるのがおおよそ1ヵ月後にある友人の結婚式。

自粛なんてことになるとかわいそうなので、そういう意味でも感染拡大を懸念するものです。

うーん。

こうなりゃいっそ、国が「本日より3日後からの1週間、全国民自宅待機」なんて発令したら、狂牛病の時の全頭検査以上の効果があるのになぁ。

疑いのある症状の人間は保健所に電話をして、医者をよこすようにするとかで対応しての。

って、「そう言われても、自分だけは別にいいだろう」なんて人間がワラワラ出てくるだろうから、無意味なことになるんだろうけど。

こんな時に、「自分は大丈夫だろう」で本当に無事で終わる人間もいるだろうことが、いまから理不尽だなんて憤ってしまいつつの。

2009年3月 4日 (水)

松室麻衣も小沢一郎もクールポコも

松室麻衣が結婚ですってよ。みんな、ビックリだよねぇ、とか言ってみたり。

「ソロでシンガーソングライターになる」と宣言してdreamを脱退したのは何年前だったのか。

あれからすっかり名前を聞かなくなっていて、果たして宣言どおりの活動をしているのかいなぁと思っていたら、いきなりのこのニュース。

そして、付随情報でアーティスト活動をしているなんてことも知り、それも含めて複雑な思いをさせられたのでした。

dreamは長谷部優が岐阜出身ってこともあって応援はしていて、「Heart on Wave」だったかな?が好きで、そのPVの入ったビデオ(!)を買ったこともあったんです。

ただ、内心は松室麻衣の方が素材としていいものがあると思っていたので、グループ脱退とその後のメンバー増員は興ざめ以外の何ものでもなかったのですが。

ホント、何がどうなるかなんて分からないものです。

何がどうなるか分からないと言えば。

せっかく攻勢に出ているのに、身内に逮捕者を出しちゃった党首がいるんですぉ」「なぁにぃ、やっちまったな!」

ってなところでしょうか。

政治資金規正法ってやつに引っ掛かって、「太郎と一郎」の一郎の方、小沢一郎の公設第一秘書が御用になったようです。

いやぁ、これだから政治は一寸先は闇で分からない。

なんか、民主党サイドからは与党側の陰謀だって話も出ているようだけど、そんなことを言ってもそれを立証できなければなんの説得力も持たず、法を犯したのはどっちだなんて議論になったら分が悪いのは間違いなく民主にあり。

ここは意地を張らず、サッと身を引いて頭を挿げ替え、小沢は裏で操るお得意の手法に移り変わればいいんじゃないかねぇ。

これで麻生太郎にとって、解散総選挙に打って出る最後のタイミングが巡ってきたと言えるんじゃないでしょうか。

逆に、反麻生にとっては都合が悪いことになったというのか、こんな時に自分たちの党首を変えていたら相手を攻撃している暇がないことになり、苦虫を噛み潰しているんじゃないかなと。

さらに、存在感を見せようと策動していた小泉純一郎にとっても「せっかく久しぶりの見せ場なのに、なにしてくてんねん」って感じでしょうか。

最初に反麻生的発言をしたときは、腹に据えかねたって部分が大きかったと思うんですが、その後のロシアでのものは「自らの影響力を見せたろか」な匂いが漂っていたんですな。

それが、このことによって党内でゴタゴタしてる場合じゃなくなったわけで、存在が一気に吹き飛んだ形に。

政治劇を起こす天才も、この事態は想定しきれずってところでしょうか。

おそらく小沢はグダグダ言って当分は居座ろうとするだろうから、政局はここに来て俄然混沌としてきた感じがします。

いやぁ、10代の頃から見てきているけど、やっぱり政治はおもしろいなぁ。

2008年12月 4日 (木)

人の幸せは奴隷の上にこそある

「リンカーン」でさまぁ~ず大竹の誕生日を祝う企画をやっていたんですが、金がないってことを理由に出演者がすべてを工面してバースデーパーティーにこぎつけるという内容の番組を放送していたんです。

これがちょっと前までのアホみたいに無駄に金をかけていた「リンカーン」なら、完全なるネタでやっているんだろうなと思えたんだけど、ちょっと前の番組内での松本の発言や同「プレイボーイ」のコラムでのテレビ業界の事情を見るにつけ、本当に金がないから開き直ってこんな企画をしたのかなぁなんて思ってしまうもので。

金が集まるものと思われたテレビ業界ですらこんな調子ですから、FC岐阜の金欠っぷりも押して計るべしってことなのでしょうか。

しかし、バブル崩壊後と比較してどっちが悪いのかっていうくらい、見事な不景気っぷりですな。

よく分からないのが、大企業を潰すと路頭に迷う人間が多いからってことで税金が投入されることすらあるのに、それに匹敵するくらいの人間が派遣や期間労働者ってだけでアッサリ首を切られている現状ってなんなんだろうって思うわけで。

人間の質が違うから、派遣をやっている程度の人間なら代えはいくらでも利くから別に問題はないってことなんでしょうかねぇ。

だって、そんなことがまかり通るなら近代以前の時代となんら変わりがない価値観の中で、人間は生きているとすら言えてしまい。

ある特権階級より下の人間は、上の人間のために利用されるために存在するっていう。

実際、企業でありそこの役人になるような人間が儲けるために、一般人は搾取されるために生活をしているような構図すら浮き上がってきていて。

なんなら、かつての時代の方が本当に酷使される人を作っていたがために、それよりちょっと上の人は牧歌的でいられたとすら。

多くの人にとって幸せが迷子になっていると言ってはなんですが。

結局、誰かを犠牲にしないと生きていけないのが人間っていう生き物なんでしょうね。

そして、上に立っている者は下の者の苦しみに見向きもしないで、自分たちの豊かさを謳歌できてしまう。

だから、時代の鬱屈は溜まる一方になり、かつてなら一揆や反乱なんてのが頻繁に起きていたのですが、果たして現代においてその不満はどうやって解消されるのかとも思ったり。

本当に怖いことになる前に、この歪さを発散する手段を見つけないといけないんだけど、それを国ができるとも思えないから何に期待したらいいのかと一人で思案するばかりなのです。

2008年11月10日 (月)

オバマが世界を踊らせる

日本で一番「おめでとう」と言われるのにふさわしいのは、小浜市の人よりノッチなんでしょうね。

苦節何年の芸歴で、最も脚光を浴びることになるわけだから。

あとは、いかに旬さを残したままで本来のデンジャラスとしての需要を保てるかが鍵なんだけど、でも今はそれどころじゃないんだろなぁ。

オバマのアメリカ大統領当選について、思ったことをチラホラと書いてみようかなと。

でも、ここまで他のネタを優先させていたとおり、特にこれっていう書きたいこともないんですよね。

ひとつ言えることは、これまでで最も日本で注目された大統領選挙だったんじゃないかなってことと、予備選からの立候補者の中でも日本人が一番当選したらいいなぁって思っていたのはオバマだったんじゃなかなってことで。

なんだろう。日本では妙なハッピーエンド感があるんですよねぇ。

これが、ヒラリー・クリントンだったらそんな受け止め方にはならなかっただろうに。

エリートでインテリでって部分が反感を買いやすい要素になっているというのも大きいんですが、なにより女性だっていうのがまだ日本での土壌はないのかなと。

おそらく、女性だって一般の主婦層はそう好意的じゃなかったんじゃないかと想像し、後押し願望があったのは同じようなエリートだったりインテリだったり、働く女性でもより尖がった人たちくらいだったのかなぁって。

最後に争ったマケインにしたってペイリンという爆弾がいたことで安心感から程遠く、なにより本人のキャラが地味でつまらないというのがあったわけで。

そして。

やはり黒人初というのは、少なくとも白人黒人間ほどの人種的壁を持たない日本人には心地よい響きになっているはずで、オバマが語る「CHANGE」の意味はともかく、黒人初ってだけで変わったなぁっていう実感がもたらされ、それが小泉フィーバーにあった「改革」の掛け声に近い期待感にもつながっているんだろうなと思うのです。

もちろん、実際は日本に対してよい顔ばかりをしてくれるはずもなく、いまが人気のピークではあるんでしょうが。

それと関連して思うのは、あちらの支持者の人たちの熱狂ぶりなんですが、日本でも本当に近い人たちはあれくらいの思い入れを持って応援しているのでしょうが、一般の市民は「どうせ誰がやっても同じ」という感覚で冷めて見ている節があるんですな。

ようは、そこまで思いつめるほど信じられないってことなんですが、あちらの人たちって本気でこの人が大統領になればいい社会になると思い込んでいるんだろうかって思ったんです。

制度は違うけど、総理大臣就任のたびにご祝儀相場っていうので支持率は比較的高いところからスタートするのは日本も同じだけど、特に昨今の傾向ではそこから化けの皮がはがれるがごとく、ドンドンと支持率は急落するばかりで、結局「その程度」なのが政治家なんだっていう達観すらある。

戦後だけを見ても、この人は文句なくよい首相だったなんて人、まずいないわけだし。

なのにアメリカでは、直近のブッシュの体たらくを見ても、「でも人が変わればよくなる」なんて本気で思えるのだろうかと。

ボロが出ても、なお大勢において順調であるなら「こいつは凄い」と言えちゃう文化が、欧米にはあるのかなぁと不思議がるのでした。

2008年9月26日 (金)

なんてったって元総理

「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」が流行語になったのはそう遠くないことだと思うんだけど、やけに懐かしく感じるのはなぜなのか。

小泉純一郎が総理大臣として、文字通り「駆け抜けた」時期は、それだけ鮮やかであったり、非日常的であったとすら思えるからなのか。

そして、その美しい記憶のまま、小泉氏は政界を引退するそうです。

これを、「お疲れ様でした」と素直に言えるほどまっすぐな人間ではない自分は、やはり彼がやったいわゆる「聖域なき構造改革」ってやつのせいで、瞬間的な好景気の景色は確かに見ることができました。

ただ、その景色の記憶を美化しすぎるあまり、そのウラに生まれた闇の部分がその反動によってもたらされたことに、見向きもしない人が多いのはちょっと違和感が大きく。

きっと、この引退を惜しむ人が郵政選挙での自民党の圧勝を導き、その後も総理を辞めるまで支持し続けたんでしょうね。

メディアも、そうする人たちの多さを知って、表立って小泉批判することはなく、もしかしたらまた表舞台に戻ってくることを淡い期待を持って待っていたことでしょう。

なので、引退に誰よりも驚いたのは彼らでしょうし、決断にウラの意図を必死に読もうとするのだろうとも。

いや、分かるんです。

世論調査ではいまだ民主党がわずかながら優勢で、遠からずある総選挙で野党が勝ったとして、政権を担っても長く持つとも思えない。

そこで起きる混乱や、やがて巻き起こる政界再編を見越して、この時期に自由な身になって自らのイメージを保ち、その間に暗躍し仲間となる勢力を囲っていく。

そして、絶妙のタイミングで第三勢力として新党を立ち上げ再登場して、また総理として舞い戻ってくるという。

政治劇としては実に楽しい発想だと思います。

それに、野心家としてこのまま隠居の身でいられるのかとも。

でも、あれだけ華やかな首相を演じて、もしそれで十分な充足感を持って辞めていたとしたら、そこからまた立ち上がる労力は並大抵じゃないし、もっと言えば「小泉ならそれだけのことをする」という辣腕も才覚も過大評価でしかないと思うんですよね。

できれば、客観的な行政実績を採点すべきタイミングでもあるんですが、それはこのムードが消える何年もあとのことになるんでしょう。

とりあえずは、実務的にはともかく「総理になって成功した近年珍しい政治家」として送ってやりたいと思います。

2008年9月23日 (火)

ローゼンなんて言うものか

どこぞの国では、「総理就任」みたいな誤信をしたそうですが、興味のない人には「なにが間違ってるの?」くらいの問題なんじゃないかなぁとも。

自民党の新総裁に麻生太郎が選ばれました。

これについて、ぶっちゃけ語ることなんてなんにもないんですが、ただひとつ思ったのは、ブログ文化の発達でこれを話題にしている人って多いだろうなってことで、しかもそれが思っている以上に似たり寄ったりな内容になっているんじゃないかと。

まず思いつくのが、例の秋葉系人気からくる「ローゼン閣下」という文字が躍る感じの、楽しんでいるタイプ。

本人も「キャラが立っている」なんて自称をしたことがあったけど、そういう表現をさせること、それがしっくりくることが、この秋葉熱にはあって、だから麻生という人物を政治レベルを超えた人気者にさせたのは「あると思います」ってやつでして。

もちろん、たとえそれが表面上のイメージで、選挙においては言うほど効果はないとしても。

だから、そのイメージを否定しないことで自らの「キャラ立ち」をはかり、見事成功させた麻生はそういう意味では知恵者であり、上手に利用された麻生曰くの「自称アキバ系のみなさん」たちは、ウラの意図すら悪い気はしないのかなぁと想像します。

ただ、楽しんだものが勝ち、というならこれほど幸福な関係性もないんだけど、現実が進むに連れて実際には裏切られていくことは自明なんですよね。

その空騒ぎから受ける落差を思うと、必ずしも正しい反応とは言えないと思うのですが、はたして。

次に、グッと距離を引いて、「誰がやっても一緒でしょ」的なスタンスで、あとは上げ足取りすらしない門前払い系の否定をするタイプ。

斬って捨てて、本人的には消化しやすい整理の仕方なんだとは思います。

そうやっていれば、頭を使わなくてもいいのに、なんか「分かっている人間」みたいな気分にもなれるし。

でも、それはそれで安直ではあり、比較対象が出てきた時に判断ができないし、他人からこのことを突っ込まれた時に掘り下げた話が出来ないとも。

そして、本当の評価をできていないから「やっぱりダメだった」と言ったところで、本質を見失っていることすら。

賢さってそこにあるのか、的な。

かといって、本職さながらに政治論をぶっても、ブログウケするわけもなく、時流を生むわけでも、それに乗っかれるわけでもないと。

なので、求められているのは地に足がついた、だけど地味というよりは親しみやすさでアピールできる口当たり具合なんじゃないかなぁと思うのですが、これもイマイチなブログになっているのでしょうな。

2008年9月21日 (日)

球児の次に有名な藤川さん

だから、前にも言ったんです。

政治家ほどルックスで売ればいいって。

ミーハーファンがつけば、それだけ熱狂的に支持してくれて、なんだって肯定してくれる。

八戸の市議の藤川ゆりが、写真集やイメージDVDをリリースだそうです。

確かに、小泉純一郎も写真集を出していたけど、サービスサービスって面ではたいしたことなかったと思うんです。

それが、こちらは水着姿を披露ですよ。

政治家ですよ。市のPRのためっていうけど、なんの必然性があるというのか。

言わずもがな、ようはこの藤川って人が、それだけ自己顕示欲が強いってこともあると思うんです。

そうじゃなきゃ、理性で突っぱねられる問題だし、それを出すことでの反響だって、ルックスだけで好意を抱く人のみで、そこから「じゃあ、八戸に観光してみようか」なんてなるはずもなく。

もちろん、総じて言えば物凄いアピールにつながるとは言えるんです。

本人の宣伝効果で言えばハンパないものがあって、それも自分から金を出しての広告が当たり前の中、他人が金を出して製作し、しかもそれを自費を出して買ってくれる人がいるなんて、変な言い方でいえば本末転倒というのか、少なくとも政治家と市民の関係性では逆転しているわけなんですよね。

だから、冒頭書いたのように、外見のイメージのよさほど効果がある武器はないと思うわけで、アイドルを叩こうなんてことにはならないし、そんなことすればファンが猛抗議をするから、それがハンディにならないとなり。

この藤川さんも、この戦略は邪道だと見られることも多いと思いますが、人気商売なんだから正しい、賢い一手だと思うし、あとは無所属だったと思うけどそのまま与党側とならずに、自らが悪を糾弾する側でいけば、その清廉なイメージを保てて、国政にも売って出られるだけのパワーを蓄えていけるんじゃないでしょうか。

っていうか、自分も買っちゃおうかなぁと密かに思案しているのですが。

とりあえず、発売されてからの評判を見て判断するかな。それまでに、注目度のアップに連れてスキャンダルの発生も警戒しないといけないしね。

2008年9月 2日 (火)

おじいちゃん丸出しの総理大臣の辞任会見

なんか、すべて吹っ飛んじゃった感じですね。

特に、日テレ的にはしばらく24時間テレビの余韻で視聴率を稼ぎたかった時期だっただけに、厄介な時期に辞任したなぁと思ってるんじゃないかな。

いきなり、福田首相が辞めちゃいましたとさ。

ホント、総理大臣はいつも突然に退任しますな。

そういう意味で、下手なテレビ番組よりサプライズを用意しているとすら。

そのせいで、「予定していた放送」ってやつが飛んじゃったり、時間変更になったりして、録画して見ている人間を大いに困らせるわけで。

「国民に迷惑をかけないタイミングを考えた」なんて言うけど、それなら早朝に会見をしてくれと言いたいくらい。あとは朝のワイドショーで処理してもらって。

しかし、夜9時という頃合いで、各局緊急ニュースを挟み込むタイミングに滋味を見せてくれて、視聴率が期待できない番組を流していた局はすばやく対応していたのに対し、計算が経つ番組を流していたところはできるだけ粘って差し込んでいたのが、面白いなぁと。

さらに言えば、これで間違いなく総選挙が近くなったわけで、それでも放送スケジュールが狂ってくるわけなんですよねぇ。

いや、好きなんですよ、選挙特番。

下手なスペシャル番組よりも臨場感があって、ドラマがあって、ようはみなさん真剣なんですわ。

そりゃ、人生が掛かっているわけで当然なんですが。

それでも、楽しみにはできないなぁ。

昼間には投票に時間を割かないといけないし。

それも、田舎だから自民党が勝つことが分かっていて尚、無駄足を運ぶという。

いや、いいんですけどね。

あとは、福田総理の孫がアホキャラで登場するのを待つだけですな。

2008年1月29日 (火)

大阪も熱いが八戸も熱いそうで

「藤川ゆり」だから、「ゆりりん」とか呼ばれているのでしょうか。それとも、佐藤ゆかり的にゆりタンと呼ばれているのでしょうか。

なんか、青森の八戸市議の最年少女性議員が、地元のテレビで取り上げられて以来、ネットを通してミーハー人気が炸裂しているそうです。

自分もテレビで顔を見ましたが、確かにカワイかったです。

いや、実はちょっと前から思ってたんですよね。

政治家こそルックスのいい候補で固めた方がいいんじゃないかって。

それも、若くてアイドル的な風貌の。

声優がブームになったり、女子アナがいまだに厚く支持を受けているのって、言葉遣いであり清楚さなんです。

お堅い、プロ意識の高いタイプの方が、ファンを間口広く受け止められ、敵も作らない。

その路線で考えると、政治家こそ姿勢正しく、常に国民の視線を意識するという意味で、偶像的な存在だし、本人たちも最も愛されることを必要とするという関係性ができあがっているんですよね。

政治献金だって、アイドルに貢いでいるファンの多さと、その割りに見返りも確かな手ごたえもない現実を思うと、具体的に政治活動に反映され、出してもアピールしやすいという面で、多くの国民が率先してお金を出すようになるんじゃないでしょうか。

これは女性アイドルからの連想だけでなく、ホストに貢ぐ女性たちの心理を利用すれば、男性候補にだって効果があるだろうと。

はなから知名度がない候補が最もPRしやすく、戦いやすいのはルックスだったりするし、それに比例したさわやかな弁舌だったりするんです。

無責任なことを言えば、アイドルグループを率いるくらいの気持ちで政党を作れば、おもしろいことになるんじゃないかなぁと思うのですが、もちろんキャリアを重ねる上で頭のスマートさもついてこないとボロが出るというリスクもあるんでしょうが。

2008年1月 5日 (土)

黒人と女性

テレビのニュースも新聞も大きく取り上げるけど、個人的にはあんまり興味を持てないことってそれなりにあって、その中のひとつのアメリカの大統領選挙はかなりどうでもいい対象になっていたりするんです。

それは、よその国のことだからっていうのもあるんですが、なんか物凄く金がかかっていて、大々的で、ショーアップされていて、アメリカ人の盛り上がり方が半端じゃないじゃないですか。

そういうのってなんか引くんですよねぇ。

あと、立候補者のことをよく知らないと興味を持ちづらいというのもあって。

それは、キャラ立ちしてるかどうかの問題でもあり、無難すぎる存在であろうとする人が多いゆえになかなか存在が際立って伝わってこないんです。

あちらの選挙戦の恒例である中傷合戦が、その人を分かりやすくするという側面はあるのですが。

ただ、今回は実に分かりやすい立候補者が、特に民主党に揃っていてどうなるんだろうと関心を持っている自分がいます。

曰く、人種差別と女性蔑視のどちらがよりアメリカ国民に根付いているのかと。

建前ではどちらもないことになっていて、自由と平等の国なんて誰が言ったか知らない表現をされているアメリカですが、差別意識はまだまだ根強いものがあるとも聞いています。

その足を引っ張る要因を持ったオバマという黒人候補とヒラリー・クリントンという女性候補が民主の代表となるべく争っている。

ふたりがここまで生き残ったということは、時代の変化がもたらしたことなのかとも。

ただ、エドワーズという白人候補もいるので、どちらも選ばない人たちの票がそこに逃げ込むんじゃないかという見方もあって、これは面白いなぁと。

逆に白人エリート揃いの共和党が注目度で埋没するという皮肉も興味深いものがありつつ、そこにギャップがなくなることが真の意味での平等が生まれたことにつながるんでしょうな。

さぁ、黒人と女性、アメリカに生まれるのはどちらの“初”大統領なんでしょうか。

2007年11月 5日 (月)

堪忍袋の緒が小沢

政界では唐突に辞めることが流行っているようで。

民主党の小沢代表が突然の辞意を発表です。

密室政治といわれた福田総理との首脳会談で、大連立を持ち出されたのに民主党の首脳から反対されたことが理由とのことで、自分が選任した執行部全員からの反対が自分への不信任と受け取ったというんですが、その言い分に納得する人なんてそんなにいないんじゃないでしょうか。

そもそも、会談の内容がつまびらかにされないような中で、ほとんど小沢の独断専行の色合いが強く、それを支持しろという方が無理があるわけで。

そんななにも語らずにおいて理解されていないなんて、一人相撲もいいところ。

それとも、自分がやることは誰もが言うことを聞くと思い込んでいたのだろうか。

だとしたら完全なわがままだし、そりゃこれまでも政党を作っては壊すことになるわけだなと。

自分の信念が否定されたと感じているようだけど、その独りよがり具合は子供のようだとも思え、その姿勢を変えたから民主党も生まれ変わったと思われていたのに、例えここでけじめをつけて辞めたとしてももう誰も支持してくれないなんてこと、本人は分からないのかねぇ。

結局、この辞任の仕方はなにより小沢本人と民主党にとってなんのプラスもなく、政界自体も混迷を深めるだけ。

せっかく与野党が互角の状況ができて、二大政党制に向けての期待感が生まれてきたのに、思いっきり水を差された感じがします。

この間隙を利用して、自民党が息を吹き返すとしたら、小沢の決断は自分の首を絞めるだけだと言えると思います。

2007年11月 4日 (日)

大連立という果実よりも

自民党と民主党の大連立。

政治家自身にとってはうまみを感じることもあるだろうこの発想も、国民からすると政治不信の極致に陥らせる展開だったのですが。

福田総理と小沢代表との党首会談から発生したこの騒動も、予想以上に早く鎮火してしまいました。

ただ、どうも小沢一郎自身はこの連立においしい汁を感じていたようで。

確かに表向きには妥当自民で、政権交代こそが悲願だとしていたんですが、小沢的には自分たちの勢力が政権をとることこそが重要で、そのためには相手の懐に飛び込んで自分たちのペースに巻き込むなり、引っ掻き回すなりするつもりだったようです。

それはひとつの発想として分からないでもないけど、政党というのは理念の集合なんですよね。

個人の哲学が基本になっているわけじゃない。

だから、その発想で動くとしても、できあがるのは小沢支持と反小沢でしかないんですな。

民主党の首脳による判断は、その意味では正しいし、正常な機能をしたと言えるんじゃないでしょうか。

もちろん、福田総理からの提案を持ち帰ったという動き自体で、今度の選挙後に政界再編の動きが出るかもしれないし、離合集散の根は残ったと言えるのかもしれません。

しかし小沢一郎は、個人的にはそんな嫌いじゃないけど、近い存在だったら大変だろうなぁ。

さらに個人的な思いだと、ちょっと遠くに置いてその動きを見ながら間隙を縫うような企みをすると、甘い汁を吸える人なのかなと思ったりしています。

小沢塾とかやっているけど、受講したいという思いと半々になるのはそういった思いもあるのです。

2007年9月30日 (日)

ミャンマーの揉めごと

「ビルマの竪琴」といえば、ちっちゃかった頃にヒットした映画だと思うんだけど、なんか印象に残っていたりする作品だったりします。

もちろん、子供だったからビルマという国がどこに位置するのかなんて、さっぱり分かってなかったんだけど。

それが東南アジアにあって、いまは国名をミャンマーに変更していることは知っているけど、それ以外のことはいまだに対して知らない中で、このニュースが飛び込んできました。

日本人カメラマンというのかジャーナリストというのか。その肩書きは詳しくは知らないけど、現地を取材していた長井という男性が射殺されたのが、どうやら流れ弾が当たったというより、狙い撃ちだったようですね。

身内の混乱を海外に伝播させないよう、海外のメディアも意図して銃の標的にしていた側面もあったみたいで。

かつて自己責任論が飛び交った過去がある日本で、もちろん今回の件は不幸ではあると思うけど、本人もそのリスクを覚悟していた面もあるとは思うし、この行動を否定することは本人も望まないと思います。

と同時に、ミャンマーの国軍が意図的に射殺したというのなら、それは外交問題となるでしょうし、政府には強く出て欲しいところ。

情報ではすでにデモは制圧の方向に向っていて、国軍も武力行使には手ごたえを感じているようだけど、一端この騒乱を鎮めたとして、火種はくすぶり続けるだろうし、外国からの軍政支配はずっと批判の的だったところに国民に銃を向ける行為は、その声をさらに大きくさせるだけだってことをなんで気付かないのかなって。

北朝鮮もそうだけど、こういう独裁的、威圧的な統治をしている勢力を見るにつけ、本当に人間は自分のために生きている生きものなんだなと思わされます。

だって、他人なんてどうでもいいから自分たちの都合で、勝手にできる状況を保ちたがるわけなんで。

それで、その方法ではいずれしっぺ返しがくるし、長くは持たないなんてこと、思わないんですもんね。それとも、感覚が麻痺していっているせいなのか。

スーチー女史が実際はどんな人間かは知らないし、軍政打倒が達成された後にその政治能力がたいしたことがなく、彼女自身も国民から引き摺り下ろされる結果が待っていたとしても、いまは彼女を希望として、ずっと軟禁状態であるがゆえに軍部との対比する存在としての象徴として、自由な身になることは待ち望まれます。

しかし、デモを起こしたのは若い僧侶で、高僧は軍部と結託して甘い汁を吸っているなんて、どこの国も、いつの時代も変わらないんですねぇ。

2007年9月13日 (木)

最後までKYだったA首相の辞任劇

なにか裏があるのではないか。

そう思われて普通なタイミングで安部総理が辞任しました。

でも、この人の場合は健康面がどうとかも言われているけど、試験を直前にお腹が急に痛くなるような症状が起きての突発的な側面もある気がしてしまうんですよね。

だって、所信表明演説をしてからの代表質問を控えての急転直下はそうじゃなきゃ理由がつかないというか。

ここで辞めては参院選での惨敗後からいままでが何の意味もないことになるし。

改造内閣で大臣に任命された人たちだって「なんのこっちゃ」って話ですもん。で、結局短期間しか農相をできない運命の若林のおっさんという構図は守られたわけで。

それでも本人は美しい決断とか思ったりしてるのかなぁ。

身をやつしてギリギリまで耐えてついに限界を迎えてしまった自分って、頑張っててカッコイイみたいな。

そういう、どこか自分に酔ってる感じってずっとどこかで感じさせてたんですよね、この安部さんって。

だからの「戦後レジームからの脱却」だとか「美しい国づくり」だとかのキメキメなフレーズの連呼であり、使命感を勝手に感じての憲法改正や最後に食を賭すとまで言ったテロとの戦いなんて意識であり。

その、辞めた表向きの理由が民主党の小沢代表に会談を断られたからってことらしいんですが、この小沢って人も他人の健康まで害させて首相の地位から追い落とすことをするなぁと思うのが、確か小渕元総理が倒れたのも当時の小沢氏が代表を務める自由党が連立与党から袂を別つとしたことで心労がたたったってことらしいし。

きっとそこのいやらしさや強さがある人じゃないと、政界で中枢を担えないんでしょうし、だから安部さんは力尽きることになったんでしょうね。

結局、安部さんは憧れた岸信介のように、周囲が大反対の中なにかを成し遂げて辞めたという形にはなれなかったわけで、それは本人的にどう思っているのかなぁと。

まぁ、本人がどう思おうと、美しいのが好きだった人の美しくない宰相時代という記憶だけが残る、そんな辞任劇になったんじゃないでしょうか。

と、さっそく後任争いが始まっているようだけど、これまでなら無能で無害な人を置き物にして有力者が陰で操るというパターンになっていた気がする自民党の動きなんですが、やはり言われるように麻生さんで落ち着くのでしょうかねぇ。なんか、アニメ関連の株価が上がったなんて笑い話になりそうなニュースもありましたが。

個人的には振り子が動いて福田になりそうな気がするなと思いつつ、旧森派の町村派からの立て続けの総理輩出はないのかなとも思ったりしつつ、さて。

2007年7月30日 (月)

ずっと口がへの字だった島田紳助

ウッチャンも参院選の投票にはちゃんといったそうで。

そんな情報くらいしか楽しめなかった27時間テレビも、ウッチャン目的でわりかしチェックさせてもらって、でも朝方は寝てしまったのでキャイーンとの京都散策は見逃してしまい、喪失感も味わいつつ。

まぁ、SMAPファンは総じて楽しめたんじゃないでしょうか。それで数字がボチボチならフジテレビ的にも満足なんでしょうし、ウッチャン目的で見てた自分が悪いだけで、文句を言われる筋合いはないってことなんでしょうし。

この27時間テレビから雪崩れ込んだ参院選の選挙特番は、そんな鬱々とした気分を吹っ飛ばすワクワク感を与えてくれました。

もちろん、それは番組作りがエキサイティングだからってわけではなく、選挙というドキュメント性がもたらすドラマゆえなんですが。

これはスポーツのような生特有の面白さがあるんですよね。本人たちの真剣さという意味では、政治家としての生き死にを掛けているわけだから、それ以上のハラハラさと真に迫ったものがあって。

だから、ここにおける見所は当選した人より、落選した人、敗北した政党にこそあるんですよね。

それは、そこに負けの美学があるからなんて奇麗事を言いたいわけではなく、単純に人の不幸は蜜の味なんだろうと。ただ、当選して大喜びする候補者の方に人間として美しさを感じないという面もありつつ、の。

今回も自民党の歴史的大敗北という結果を大いに楽しませてもらいました。

特に地方の自民党王国、保守王国といわれる地域で民主が勝っているっていうのが、時代の変革を感じて。

その変化がいいのか悪いのかは分かりませんが、小泉ブームで自民が圧勝したわずか2年でまったく逆の目が出るっていうのは、風だけで簡単に気分が流れてしまういまの風潮に怖さは感じます。

これを受けて安部首相は辞任しない意向を即座に表明したようですが、そこにこの人の真面目さと政治勘のなさを同時に感じるのは、要するに自分が正しいという立脚への皮肉も言いたくなる部分にあって。

確かにやれないこともないんでしょうが、後ろ盾になるのは小泉さんが獲った議席でしかなく、それなのに仲間内だけでやってこうっていうのなら、身内からも不満は大きくなると思うし、野党に参議院を握られる中で、少しでも下手を打つとガタガタになる危険性も抱えているんです。

その上での辞任となれば、もう安部首相の再起はなくなるわけで。

明日以降、どういう動きが出てくるか。

それによって秋にでも大きな変動が待っている気がしています。

2007年7月18日 (水)

いま赤城農相が熱い

なんか、どんどんキャラが立ってきてるなぁ。なにも説明しない大臣という面白キャラが。

松岡氏の自殺を受けて新たに農相となった赤城徳彦というぼっちゃん大臣が、事務所費問題に続き顔にガーゼや絆創膏をして無精ヒゲのまま登場。それについて質問する記者に対して、「大したことない」「心配ない」を繰り返すのみという奇妙な対応。

そんなこといわれても、というかそんな言い方をされると逆に変な想像をしてしまうわけで。

風呂でこけて顔をぶつけたとかいう凡ミスから、浮気がばれて妻に物をぶつけられとか、アブノーマルなSMプレイで怪我をしたとかいうぜひとも隠したい理由まで、裏の裏を読んでしまいます。

それに、なにをやっても説明しないというキャラを保つのなら、例えば突然金髪になって登場したり、ガングロになって登場したりして欲しいなとかも思い出したり。

というか、どこまで説明しないですむのかにも挑戦して欲しいから、デーモン小暮みたいなメイクで登場とか、セーラームーンのコスプレで登場とかも希望します。

どうせ評判ががた落ちなんだから、いっそ記者会見のたびにツッコミポイントを用意してくれた方が、マスコミは頻繁に取り上げて、そのたびに説明しないナゾのキャラになっていってくれたら、その方が人気が出るんじゃないでしょうか。

そうすれば、発言者が自殺によりお蔵入り確実の「ナントカ還元水」に変わり、「たいしたことない&心配ない」が流行語大賞になること間違いなしだし。

2007年5月16日 (水)

テレ朝出身議員

確かに女子アナブーム後の彼女たちの進路を思うと、華やかなままな人ってまずいないし、なんらかの分野で評価を得たって人も見当たらないんですよね。

どちらかと言えば、玉の輿的な結婚をすることでゴールになっちゃっているような。

それを思うと最も意欲的なチャンレンジに出たと言えないこともなく。

でも、なんとなくショックな選択だなとも思えて。

テレ朝の丸川珠代アナが自民党から参議院選挙に立候補へ、だそうで。

正直、彼女はもっと賢い人だと思ってたんです。

いや、こういうと語弊があって、賢いのは賢いんです。東大出だったはずだし。

そうではなく、知恵がある人というか、世の中の何たるかの肝をちゃんと嗅ぎ取っていて、肩書きじゃない部分で一目置かれるひとであり続けられるタイプとばかり思ってたんですが。

それが、違う意味で賢い人だったんだなという、そんな裏切られ方でのショックなんですよね。

社会的地位を選んだのか。それも自民党という最も守られた、逆に言えば閉じた環境に身を置いて。

なにより、彼女はどこに政治とは別のジャンルからの転身組女性候補の成功例を見ているのだろうと。

どれだけキレ者的見られ方をしていた人も、政治の世界では埋没してしまっている。

みなさんどう言いくるめられたのか知らないけど、結局は知名度だけを目当ての人選でしかないんです。

そのことを丸川アナ自身はどう思っているのか。

それとも、自分だけは違うというありがちな発想でいるのか。

そして、ちゃんと理想の政治家像を持てているのかとも。

なかなかいないバラエティでもいい味を出せる女性アナだっただけに、本人にとってもったいない判断とならないことを祈っています。

2007年1月30日 (火)

女性は子供を産む機械

柳沢厚生労働大臣の発言。

不用意だったというのがその印象なんですが、女性はこれまでの積み重ねから抵抗感が強いんでしょうね。あの韓国や中国が感じる歴史認識問題の発言と同じように。

もちろん、ほとんどの男はそんな認識に立っているわけではないんです。

ないんですが、ただ。

女性が望むような女性としての生き方というものを、男性が全面的に受け入れられるものでも、ないんじゃないかと思うんですよね。

淡く甘い初恋の時期の異性に対する欲求は、男女ともが仲良くなって優しくされることだけで十分に事足りると思うんです。

が、男の場合は下半身の本能的欲求が芽生えだすと、肉体欲だけを異性に求める傾向も同時に出てきて。

そこの過程を着実に経験していけた男なら、人間としての女性というものと互角にやりあえるようになってくるんでしょうが、それはほとんど一部の勝ち組男性のみのことであり。

おおよその男は、未成熟なままだったり、コンプレックスを抱えて異性に対することになるんです。

だから、女性が求める域まで意識が達していないケースが多い。

なんなら、人間としてあろうとする姿勢が煩わしくすらあったりして。

女性はそれでも、自分たちの生き方というものを主張するのでしょうが、そこのところの現実も認識していないと、下手をすると男女の格差が民族主義よりも大きな対立を生むことになるんじゃないかと思ったりするんです。

いまですら、リアルな女性に絶望して、アイドルやアニメへの幻想だけに生きる層が少なからずいるのですから。

どこかで降りないと、互いに苦労が増すだけなんじゃないかなぁ。

2006年5月10日 (水)

共謀罪という名の凶暴

CHAGE&ASKAのコンサートにて。

「いーまかーらそいつーを、これからそーいつーを、殴りに行こうかぁ♪」「イェー」「はい、みんな逮捕」

これが共謀罪ってやつです。かなり飛躍してるけど。

建て前は国家の危機を脅かすものに対してのみ発動なんだけど、誰が問題視をするかと言えば、権力側にいる人間なんです。

それは客観的な判断が保障されるものではなく、特に権力中枢に付こうという人間は自分が思っていること、つまり限りなく主観に近い発想が正しいと考えるもの。

その思惑の邪魔となるものが危険であり、問題であるとするなら、共謀罪を簡単に必要悪として使うことは想像付きます。

また、もっと単純に権力という甘い蜜による利権執着のために、その妨害となるものは排除に動くというパターンも考えられ、何ならそっちの方が多いだろうと。

そして、いまは「そんなことにはならない」と主張しているけど、百歩譲って本当にそうだとしても、後の権力者が自分たちの都合のために利用しないとは限らないんです。

それはすでにかつての戦争時に実際にあったことで。

エスカレートは盗聴やスパイ、裏切りや密告の奨励につながり、言論の自由を脅かすことにもなり、それは民主主義の根幹を揺るがすことになる。

現にロシアは徐々に時代を逆行しだしています。この犯罪法を支持した学者が「これは世界の潮流だ」と言っていたけど、世界がその方向に流れいってるから正しいとは言えない例も、すでにあるんです。

完璧とは言えない民主主義ですが、いまのところのベターな思想であるのも確かないま、共謀罪への反対の声を高らかにするべきではないでしょうか。